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鬼の十戒と揶揄されるこれらの人事規則は、創始者である九条左衛門によって作られ、現在まで伝えられてきた。
これら規則を破る社員は即粛清。それが人事の作法である。
ジョーは、「これら人事規則に則れば、人事考課など建前に過ぎない」と加えた。
一方、掛布は、
「実は、ある問題社員がおりまして…」
煮え切らない表情を浮かべた。
「問題社員? ほう、どんな社員だね」
「ええ、次の人事で異動リストに挙がっています」
言葉を濁す掛布。
国内最大手の工機会社ゆえ、社員数も多く、問題社員がはらむのも稀ではない。
人事は平等と謳う一方で、周囲に悪影響を及ぼす危険因子は徹底的に排除する。それもまた、安徳工機の人事原則である。
「若手をいびる老害社員なんですよ」
そう言って掛布は、ブリーフケースから束となった書類を取り出すと、ある社員のプロフィールをジョーの目前に差し出したのだ。
「―なぜワシがそんな臭い仕事をせんとあかんのだ」
老害の朝は早い。
高血圧と体力の衰えから睡眠が浅くなってきた今日この頃、朝五時には早々と起床し、寝ている鶏を起こしてから朝食を摂るのが日課である。
御年五十五歳になる老練技師嘉門雄造は起床後、コーヒーを飲み、大便をし、歯を磨きながら禿げ上がった前髪にブラシをあてた。
大卒甲採用というのに、この年になるまで管理職に登用されたことがないということは、人間性に相当の問題があると推察される。
家にいても特段やることもないため、朝七時には出社し、この時間唯一オフィスにいる初老の警備員、崎山と談笑をはじめる嘉門。
一日の中で唯一、敬語を使う相手が崎山だ。五十五歳ともなると、同期入社は皆、子会社に転籍しているか役職を得ているため、年上の社員は少ない。
「今日も早いね」
嘉門は崎山から鍵を受けとると、オフィスの扉を開けた。
「俺も早く崎山さんみたいに楽になりたいですなぁ」
「おう、聞き捨てならんねえ、まるでワシの仕事が楽みたいじゃないか」
安定企業に勤めているせいか、警備員という職に対し、どこか下げずんだ態度の嘉門。この位の歳になると、目先の利益よりも、残りの年月を如何に穏便に過ごすかに腐心するようになるものだ。
「あはは、そういった意味で言ったんじゃないよ。でも、定年すれば余計な責任がなくて楽でいいなって」
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