第148章 混沌(その2 真貴)

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第148章 混沌(その2 真貴)

 荒い呼吸と共に真貴はわずかに眼をあけた。  全身が汗でびっしょりと濡れていて、ひどく気持ちが悪い。 「なっ・・・・んだ・・・?」  真っ白な天井が視線の先にあった。実際には白くなどないかもしれない。視界にいくつものチカチカとした光が見えて実際の色を瞳に映さない。 「えっ?」  ひどく怠い体に無理に力を入れて、半身を起こすとカーテンの隙間からは朝陽が差し込んでいる。  八畳ほどの部屋には見慣れた学習机に本棚、テレビの前にはゲームが放置されている。 「なんで?俺・・・・どうしてここに・・・・」  困惑気味に視線を泳がせた時だった。その部屋のドアが勢いよく開きそこからひとりの女が顔を見せる。 「あっ、真貴、起きた?もぉ~今日はそのまま二度寝は禁止よ!学校遅刻しちゃうんだから!早く来なさい。朝ごはんで来てるから」  それだけ告げるとその人はまた、リビングへと戻っていった。 「・・・・・・・・だれ?」  思わず声に出た。ゆっくりと起き上り改めて周囲を見渡した。 「ここ・・・俺の部屋?だよな」  腕を組み眉間にしわまでよせて考えたが、何がおかしいのか?その方がわからなくなりそうだった。 「今の・・・・母さん・・・・だった・・・よな?」  一度その認識を持ては、むしろ何に違和感を感じていたのかさえ分からなくなる。  はじける様にベッドから飛び上がり部屋をでると、リビングのソファーでコーヒーを飲んでいた仁が不思議そうに真貴を見ている。 「おはよう、なんだよ朝から随分と元気だなぁ。いい夢でも見たか?」 「仁?」 「は?お前何言ってんだ?まだ寝ぼけてんのか?寝言なら寝ているうちにすましておけよな」 「あぁ・・・そうだよな・・・・」  曖昧に返事を返しながら洗面所に向かった。  鏡に顔を映し、真貴は無意識にコンタクトを探す。  真貴の片方の瞳は燃える様な赤い色をしている。それが嫌で、真貴は毎日片目だけカラーコンタクトを入れているのだ。  無意識に手を伸ばした先には何もなかった。 「・・・ん?」  ともすれば、自分がなぜ手を伸ばしたのかも、何を探していたのかもわからなくなりそうだった。 「あれ・・・俺、何しようとしてたんだっけ?」  鏡に映る自分の顔を見た時、どういうわけか違和感を感じた。おかしい。何かが確実におかしい。それも気のせいだと流してしまえばそれまでかもしれなかった。だが、真貴はその小さな違和感を気のせいとして流すことはしなかった。いや、できなかったのである。  鏡に映るのは見慣れた自分の顔。  逆三角形の顔、鼻筋は通っている方だと思う。仁に似ている。真由は太くなく細くなく・・・まつ毛は上を向いている。逆さまつ毛ではない。瞳・・・・黒い二つの瞳が、鏡の中からじっと真貴を見ている。 「黒い瞳・・・・?」  誰に言うでもなく呟いた。そして先ほど無意識に何かを探して伸ばした左手をじっと見た。 「俺の目・・・・黒い?」 ___違うっ!  何よりも真貴の心が否定していた。 「違う!俺の目は赤眼だったっ!」  そう声に出すと、これまでの違和感がどんどん鮮明になって真貴の中に流れ込んだ。 「仁っ!そうだ仁だ!」  真貴は慌ててリビングへ舞い戻ると仁の隣に腰を下ろした。ふわりとしたソファーの感触がどこか懐かしく感じる。 「なぁ、仁っ、これ・・・・どうなってるんだ?」 「どうなってるって、何が?」 「何がじゃねぇよ!俺たちなんでここにいるんだよ!それにっ、俺の目っ!両方黒いんだ!なっ?おかしいだろ?で・・・だ!一番おかしいのは___」  そう言って真貴はキッチンで機嫌よく鼻歌を歌っているその人に視線を向けた。 「あれ・・・母さん・・・・・?」  仁は真顔で真貴の顔をじーっと見ていたが、やがて無言のまま真貴の額に自らの手を当てた。 「熱は・・・・ないみたいだな・・・・」 「はぁ?こんな時にふざけるなよな!」  真貴は仁の手を振り払うと、怒りを露わにした顔で仁を睨みつける。 「ふざけてる場合じゃないだろっ! 志貴はっ! 茂澄はどうしたんだよ!」 「いや・・・真貴。ふざけてる場合じゃねぇって言葉そのままそっくりお前に返すよ。朝っぱらから夢の続きたぁ呑気でいいが、いい加減にしねぇと学校遅刻すっぞ?」  真貴は身ひとつ分仁から離すと、怪訝そうにその顔をうかがった。 「仁・・・それ本気で言ってんのか?学校って・・・俺はとっくに・・・」 「なぁに?朝からお父さんとじゃれついちゃって、楽しそうね」  不意に背後から聞こえた声に弾かれたように振り返ると、そこには笑顔の華弥が立っている。 「はい、これお弁当ね。もぉ真貴、早く顔洗ってきなさい」  まぎれもなくそこにいるのは、真貴が焦がれ続けた母だった。違うっ。心では今にも叫びだしそうな程にそう訴えるのに、それを言葉にすることができない。 「あーーーーーっ! なんだこれっ!さっぱり意味がわからねぇっ」  髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱して、文字通り頭を抱えた。 「はいはい。朝から元気でなによりだけどよ、さっさと支度しろや。俺は徹夜明けで疲れてんだよ。色んな毛も生えてるほどにでかくなった息子と朝から乳くり合う趣味はねぇぞ」 「・・・・・・仁・・・・・」 「あぁ?」 「これ・・・現実か?」 「・・・・・寝言は寝てる時だけで充分だぞ、真貴」 「そうか・・・・・」  仁は自分と同じものを見ていない___そう思った。  真貴はふらりと立ち上がるとそのままよろよろと自室へ戻りもう一度部屋の中を見渡した。机には教科書が並べられており、ベッドの枕元にはスマホが充電器につながれている。壁際に当たり前のように郁学館高校の制服がかけられていた。 「俺が・・・おかしいのか?」  呟くと同時に、目の前の制服が歪んだ。次の瞬間頬を涙がつたった。  制服に着替え、洗面所に向かい顔を洗った。随分と久しぶりに見るような気がする制服を着た自分が鏡に映っている。”考えろ、思い出せ!”必死にそう訴えかけてくる頭と、”なにも考えるな”そういう全身が真貴の中で戦っているようだった。  と、洗面所のドアが開き華弥が入ってきた。 「あら?どうしたの?自分に見とれてた?」  クスクスと笑いながら華弥は真貴の肩越しに鏡を覗き込んだ。ふわりとした花のような香りが真貴の鼻腔をくすぐる。 「母さんもね、真貴はイケメンだと思うわよ?でもね、本当に遅刻するわよ?」  そう言って楽し気に笑いながら洗濯機へと洗い物を入れる華弥を真貴は呆然として見ていた。  リビングに戻るとテーブルの上には、焼かれたトーストとミルク多めのコーヒー、そしてサラダに、目玉焼き、ウインナー、並べられたアボカドには生ハムが巻かれていた。  どこか釈然としない気持ちではあるが、それはずっと求めていた風景の様にも思えた。  椅子に座り、コーヒーを一口飲んだ。 「コーヒー・・・・随分と・・・久しぶりな気がする・・・・」  トーストも、ウインナーも、ドレッシングのかけられたサラダも、ありふれたはずの食事がなぜがとても懐かしい。  食事を終えてリュックを背負うと、もう一度仁の前に立つ。 「なぁ・・・・仁。俺達・・・やまとにいたよな?」  何が現実で、なにがそうでないのかわからなくなりそうだった。真貴は祈る様な気持ちで仁にそう問いかけたが、仁は眠そうな目で気だるげに真貴を見上げると、眉間にしわをよせて首をひねる。 「真貴・・・・お前、本当に大丈夫か?ゲームのし過ぎか・・・・・?まだ寝てるか?それとも・・・・本当に頭でも打ったか?」  その言葉に、全身の血の気が引くのを感じた。言い尽くせない程の充実感と虚無感が真貴の中で渦巻いているようだった。 「・・・・・・・もぉいい・・・・・行ってくる」  小さく息を吐き玄関に向かうと、パタパタと軽い足音と共に華弥が追いかけてくる。 「もぉ真貴っ、お弁当忘れてるっ」 「・・・・あぁ・・・・ありがとう・・・・か・・・・母さん・・・」  呼びなれないその言葉を口にすると、思いのほか恥ずかしかった。華弥から弁当を受け取るとにっこりと笑みを返される。  内臓を全て擽られているような気持ちだ。  「行ってきます」といって玄関を出た。  マンションを出ると、通りには学校や会社に行く人たちがいる。制服姿。スーツ姿。近所の主婦たちがゴミ袋を手にゴミ置き場へと小走りし、また小走りで家に戻っていく。どこまでもありふれた日常の風景で、真貴はそれを知っている。なにせ今までの人生の中で一番多くの時を過ごした場所だ。 「でも・・・俺は確かに・・・・十六になって仁とやまとに・・・・」  ひとり口に出して言ってみても、今真貴を取り巻く現状は何も変わらない。  真貴は学校に向かって歩き出した。どんなに釈然としなくても、真貴以外の全てがまるでずっと前からこうだったとでもいうように、どこにでもあるような当たり前の朝の風景を真貴に見せている。  駅の改札でポケットに手を入れると、スイカが入っていた。果たして使えるのかどうかと疑心暗鬼になりながらも自動改札にスイカを充てると、ピッという電子音と共に改札の扉が開く。問題なく使えてしまったことが、真貴を失望させた。  ホームで電車を待っていると、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた。 「真貴っ、はよっ!」  聞きなれた声に最大の期待を込めて勢いよく振り返る。 「佳生っ!」 「はぁ?」  振り向くとそこには、顔を顰めた佳介がいた。 「なぁ、今更俺の名前間違えるとか・・・・まじウケんだけど・・・・」 「けい・・・・すけっ!」  真貴は眼を見開いた。 「なに?そういう遊び?流行ってるの?それ面白くねぇぞ?」  佳介はそう言って笑うと、ちょうど来た電車に真貴を押し込めて自分も乗った。電車の中は朝のラッシュを迎えており、寿司づめ状態だ。 「なぁ・・・なんでこんなに人がいるんだ」 「は?なにそれ?毎日のことだろ?」 「いや・・・だって、人いすぎだろ?」  佳介は不思議そうに真貴を見ながらも、応える。 「みんな学校とか会社とかいくからだろ?なんか真貴・・・今日、おかしくね?」 「俺が・・・・・おかしい・・のか?」 「あぁ・・・・・どう考えてもそうだろ?」 「そう・・・・なのか・・・」  人の群れに流されるように電車を降りて駅を出ると、懐かしい顔が満面の笑みでかけてくる。 「真貴ちん、佳ちゃんおはよーっ」 「っ!・・・・愛斗っ」  そう言ったっきり愛斗を見て呆然とする真貴の眼の前で愛斗はきょとんと首をかしげて見せる。 「真貴ちん?どしたの?」 「なぁ、やっぱり変だと思うだろ?今日、真貴変なんだよ」 「そうなんだぁ、なんかあったの?真貴ちん」 「・・・・・いや・・・別に・・・・」 「大丈夫?」 「・・・・ぁあ・・・・」 「ほぉら、とにかく行くぞ」  そう言って歩き出した佳介と愛斗の背中を見ながら、真貴も仕方なく歩き始める。  目の前にあるのは見慣れたふたりの背中ではあった。しかしこの背中を、ふたりに真貴はまたいつか必ず会いたいと願ってやまなかったはずである。しかし、それはなぜか?昨日も共に過ごしたのであれば、そんな風には思わない。 「なぁ・・・・・」  真貴がふたりに声をかけた。 「俺・・・・昨日学校きた?俺さ・・・、しばらくお前たちと会ってなかったよなぁ?」 「はぁ?」 「真貴ちん?」  真貴の問いかけにふたりは顔を見合わせる。 「なぁ、具合悪いなら帰るか、それとも・・・保健室いくか?」 「うん、無理しないほうがいいよ」 「ぁ・・・・いや、だから俺・・・昨日なにしてた?」 「いや・・・普通に学校きたじゃん?」 「学校に?」 「そうだよ、それで昨日は帰りに一緒にカラオケ行ったよね?昨日は普通だったけど・・・真貴ちん、本当に大丈夫?」  心配そうに真貴を見るふたりをじっと見返し、真貴は力なく笑って見せた。 「あぁ、そうだった・・・かも。ごめん。学校行こうぜ」  それからもふたりは真貴を気遣うような視線を向けてきたが、真貴は笑ってごまかした。  学校へ着くと、見慣れた面々が真貴に声をかけてくる。それを笑顔で返しながら真貴は自分の席へと座った。どこまでも見慣れたクラスメイトたち。どこまでも見慣れた教室。どこまでも見慣れた黒板。でもそれはなにひとつとして、やまとにはなかったものばかりだ。  真貴は自らを落ち着かせるように大きく息を吐いた。 「俺が・・・・変なのか? 夢みてたのか・・・・?」  なんとなく疑問形で口にしてみるも、自分以外の全員が至って普通なのである。  やがて授業が始まるも、真貴はどこか上の空だった。自分の中に確かにあるはずの”やまと”での記憶。しかし、今の現実はどれをとってもその記憶を否定している。 それでも考えずにはいられなかった。  とてつもなく久しぶりだったはずの学校での生活も、なんなくこなすことができた。染みついた毎日の習慣を身体が覚えている。まさにそんな感覚だった。昼になると、佳介と愛斗がやってきて、真貴の席で弁当を食べる。テレビ番組の話、ゲームの話・・・見たこともないはずのテレビドラマを佳介と愛斗は、真貴が好きなドラマだと言って笑った。  放課後になると真貴は佳介と愛斗を断って、走って学校を出た。  真貴にはどうしても確かめたいことがあった。  息を切らせてやってきたのは、学校近くの根津神社だった。幾重にも連なる鳥居の手前にある小さな人口池の淵に立って真貴は声に出してその名を呼んだ。 「水昴っ!」  一瞬の静寂のあとに、水面がざわめく。  真貴はごくりと喉をならした。  緊張で首のあたりがじわりと熱くなった。  しかし・・・・・。  それは池の中の鯉が勢いよく尾びれを振ったにすぎなかった。 「水昴っ!いるんだろ?俺だ! 頼むよっ!来てくれよ・・・・水昴っ!」  行き交う人たちが不審げに真貴を見るのも構わずに真貴はその名を呼び続けた。  「水昴ーーーーっ!」  どれだけ叫んでも、名前の主が現れることはなかった。真貴は肩を落としふらふらと神社の中を歩き、かつていつも座っていた石に腰をおろした。膝に肘をつき、両手で額を覆う。 「うそ・・・だろ・・・・」  正直、何がなんだかわからなった。全てが完璧に揃っているこの世界で、自分だけが不完全な気がした。 「これじゃぁ・・・・道さんだって・・・・出てはこねぇよな・・・・・」  諦めながらもどこかに期待があった。 「道さん・・・・・・」  力なく呼びかけたその声に、応えるものはやはりいなかった。  よろよろと立ち上がり、半ば放心状態で家路につく。  あれだけ焦がれたはずの母のいる家の扉がなんとも重たく感じられた。 「ただいま・・・・・」 小さな声だったにも関わらず、華弥がその顔いっぱいに笑みを浮かべて出迎えてくれる。 「おかえり、今ねちょうどお父さんがドーナツ食べたいっていうから揚げているとこなの。真貴も食べるでしょ?」 「あぁ・・・うん」  楽し気な華弥につられるようにして真貴の顔に小さな笑みが漏れる。  ふとリビングのテレビ台の中に並べられたDVDに眼が止まり、真貴はそれを手にした。 『真貴一歳誕生日』のラベルが張られている。  別のDVDを見るとそこには『真貴 小学校五年生運動会』と書かれていた。真貴はそれをデッキに入れると、リモコンの再生ボタンを押した。  確かに真貴が通っていた小学校だった。ぶっちぎりのトップでテープを切る真貴の姿が映っている。そしてそのビデオをとっているであろう仁の声と、隣で興奮気味の華弥の声が入っていた。 「あら?随分懐かしいの見てるのね。どうしたの?」  出来上がったドーナツの皿を手に華弥が来て、真貴の隣に腰を下ろす。 「ねぇ・・・・母さんは・・・・いつも運動会に来てくれた・・・・んだよね?」 「そうよぉ、真貴はお父さんに似て運動神経いいから、お母さん真貴の運動会は毎年すっごく楽しみだったなぁ。ねぇ、真貴、覚えてる?小学校の四年生の時!」  そう言って隣で華弥は楽し気にに幼かった真貴のことを語り、テレビに映し出された映像を懐かし気に見ている。 「あっ、そうそう、このあとお弁当食べてる時に急に雨が降ってきちゃって大変だったのよねぇ~。ほらぁお父さんが慌ててレジャーシートごとお弁当ひっくりかえしちゃってぇ。もぉ食べられないからっていうのに、真貴ったら『大丈夫!下に落ちたわけじゃないから!』って、レジャーシートの上のから揚げを二つも三つも口いっぱいにほうばっちゃって!懐かしいわぁ」 「・・・・・・そう・・・だね・・・・」  真貴は俯いたまま、小さな声で答えていた。 __ごめん・・・・母さん・・・・・違う・・・違うんだ・・・・あの時は仁と俺で・・・そこに母さんはいなかった・・・・んだ・・・ 「ねぇ・・・母さん・・・・俺が幼稚園の時・・・・愛斗と友達になった時のこと・・・・覚えてる?」 「え?愛斗くん?」 「そう・・・・・愛斗」 「そうねぇ・・・・確か・・・・そうそう、真貴が幼稚園で一番最初に作ってきたお友達が愛斗くんだったわね」 「・・・・・・・・幼稚園の弁当は?」 「幼稚園のお弁当?あぁっ、もしかして真貴、あの頃みたいにまたキャラ弁作ってほしいの?」  どこまでも楽し気に話す華弥の顔を見ることができなかった。ソファーに足を上げると両腕で膝を抱えて顔を埋めた。 「・・・・・がう・・・・」 「え?」 「・・・・・ち・・・がうよ・・・・母さん・・・ごめんよ・・・でも違うんだ・・・・」 「真貴?」  心配そうに真貴の顔を覗き込みながら肩にかけられた華弥の手を真貴は力任せに弾き返した。 「違うっ!全然違うっ!なにもかも違うっ!」 「ちょっと・・・真貴・・・どうしたっていうの?」  大きな声を出したせいで、部屋で仕事をしていた仁がリビングへとやってきた。 「なんだ?なんかあったのか?」  そう言った仁の顔を、困惑気味に華弥が見ている。 「くっそっ!!! なんなんだよっ!仁まで!どうかしてるっ!」  怒鳴るように叫んだ真貴を見て、仁が顔を顰める。 「お前こそ、今日はおかしいぞ。大きな声を出したりして、母さんだって困ってるじゃないか」  仁を見上げた真貴の表情(かお)は怒りに満ちているのに、泣いているようでもあった。 「俺はっ、俺はおかしくなんかねぇっ!おかしいのは仁だろっ!この部屋は・・・・、この部屋には母さんなんていなかったっ!ここには俺と!・・・俺と仁しかいなかったんだっ!幼稚園の時にキャラ弁?なんだよ、それっ!俺は毎日仁の作った歪な握り飯と、しょっぱい卵焼きを持って行ってたんだよ!」  真貴の視界が歪む。 「・・・・・っ、なんなんだよっ!そりゃぁこんな世界があればいいと思ったよ!仁が親父で、母さんがいてっ!佳介や愛斗にも毎日会えて・・・・、でもっ、でも違うっ!やまとのみんなはっ?志貴はっ?茂澄はっ?花依さんはっ?立花のおっさんはっ?水昴はっ? なんなんだよっ、俺はやまとのみんなだって大事なんだよっ!なかったことになんかできねぇっ!だってそうだろっ!仁が忘れても俺は覚えてるっ!母さんと仁が来た運動会なんて知らねぇっ!・・・・・・・知らねぇんだよっ!!!!」  そう叫んだ直後、真貴は頭に靄がかかったように意識が遠くなっていくのを感じた。まるで誰かに脳天を鷲つかみにされて、物凄い速さで引きずられているようだ。ぼやけて傾いていく視界に最後に映ったのは、必死な顔で真貴へと手を伸ばす仁と華弥の姿だった。  遠のく意識の中で漠然と思っていた。 ___あぁ・・・・まただ・・・・・前にもあった・・・・・こんな風に最後に・・・ふたりを見たな・・・・・・・
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