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「乳の出がすごくいいの。この子だけで二頭分は摂れるわ。だから大助かりよ」
ラティーファは簡単に搾って見せると、ほらっ!と得意気に笑っていた。
まるで水鉄砲のように勢いよく出たヤギの乳に、愛美は一瞬驚く。
ラティーファは場所を愛美に譲るとやってみるように促した。
愛美は恐る恐る手を伸ばした。先ほど持ってきていた桶樽を構え、愛美はヤギの乳を握る。
とても温かくて弾力のある柔らかさだ。愛美は初めて触れたその感触に少し胸が熱くなった。
本来ならこれは我が子のために、母親の体が身を削って作り出した乳だ。
それを横からもらうのだ。
大事にしなきゃならないのは当然のことで、そう思うと何故か自然と涙が滲む。
愛美は軽く目を擦り、目尻に溜まった涙を拭った。
御腹に子を宿したせいなのだろうか……。何故か涙脆くなってしまった自分がいる。
ヤギの乳を手のひらで握ると、愛美は見よう見まねで乳を搾り始めた。
「今日、口にする分。あとはチーズにする分。毎日それに必要な分だけをこの子達からもらうのよ……それぞれの家で手作りした物を村の皆で交換して、そうやって、何十年…何百年ってあたしたちの先祖はこの村で生きてきた……」
「………」
「ね、充分。……でしょ?」
そう口にしたラティーファの声が胸の内を物語っている。
私はこの生活にとても満足しているのだと──。
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