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「お母さん」と、もう呼んでしまってもいいのだろうか。そんなことについ気を使ってしまう。
しかし、もう嫁として認めてくれてはいるのだ。この手作りの民族衣装はその証しなのだから。
愛美は思いきり叫んだ。
「お母さん!…あの…っ…ちょっ…と」
丘の斜面を歩きなれた母の足腰はとても強い。
そして、とても速い──。
離れたところで愛美の叫ぶ声がする。
その前からラティーファの大声に気付いていたザイードが馬で駆けてきていた。
「どうした…っ…」
ザイードは前を勇み歩く母に尋ねた。
「あらザイード、父さんはどこ?電話を借りなきゃだわ」
「──……」
ザイードは平静に聞き返してきた母に面食らった表情を向ける。
「ナーセルなら仔ヤギにブラシを掛けている。厩舎の裏にいるはずだ──…だがマナミはどうした?」
ザイードは少し離れた先から一生懸命、丘を歩いてくる愛美を目にしながら問い質す。
先ほど聞こえたのは怒鳴り声のような響きだった。
昔、母から叱られた時に聞いた響きによく似ていた。
ザイードは愛美を怒鳴り付けたのかと、いささか不安になって慌てて様子を見に馬で駆けて来たのだ。
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