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「マナミ、向こうを見てみろ」
愛美は目をやった。
種蒔きを終えたばかりの茶色い畑の向こうに色鮮やかなバラの園が見渡せる。
「すごい…とても綺麗……」
「収穫間近の花だ。近くまで行くと香りが凄い。妊婦には少し強すぎるだろうから今回は遠くから眺めるだけにしておこう」
細かい所まで気に掛けてくれる。そんなザイードに愛美は頷いて返した。
咲き誇る花。そしてのどかな農村で暮らす人々。
遠くからザイードに気付き手を振る村人も度々見受けられる。
車もほとんど見掛けることのないこの景色。
ガイドブックにすら載らない秘境の地。
破壊されることのない自然から沢山の恩恵を受けている。
愛美は空気を思いきり吸い込んだ。
土の匂い、草木の香り、それに微かにバラの香りもふんわりと甘く漂っている。
あの距離でここまで香ってくるのだから、近くに行けば確かにザイードの言う通り。とても刺激的なのだろう。
愛美はもう一度ゆっくりと呼吸をして天然のアロマを堪能した。
ザイードの母に初めて会う。その緊張を幾分かほぐしてくれたような気がする。
荷馬車はのんびりと緩やかな傾斜の道を上がって行く。
農村を背にして目の前に広がる緑の丘を眺めながら、ザイードの腕は身重の愛美を守るように優しく腰に巻かれていた。
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