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ウィリアムは本部ビル内のロビーに設置してある、自動販売機の缶コーヒーを飲みながら、朝日が延びる窓を開けて、不精ヒゲの上部にうっすらと浮かぶ目のクマをさすり、家で自分の帰りを待つブロンドの髪の婚約者(フィアンセ)の姿を想像する。八重歯が飛び出る彼女の笑顔を。
やにわにウィリアムが微笑むと、新鮮な朝の涼風が疲れで火照った彼の頬を撫で、徹夜明けでシャワーを浴びていない脂ぎった黒髪を揺らした。
「何を一人で笑っているんだね、ビリー(ウィリアム)?」
ウィリアムの背後から貫禄のあるバリトンがかった声が聞こえた。
「ああ、モリス博士。今朝は早いですね」
モリス博士、と呼び翻ったウィリアムの前には、背と肩幅に余裕のある体躯の中老の男性が立っていた。年齢以上に豊かなオールグレイの総髪に白髪の顎ヒゲ、彫り深い目鼻立ちに架ける縁なしの眼鏡、さらに折り目正しく白衣を纏うその容姿からは、いかにも科学者然とした凛々しさが窺える。
「昨日も徹夜で仕事かね?」
「ええ、まあ」
「その割に疲れは幾分顔に見えるが楽しそうだね」
ウィリアムは苦笑いし、
「いえ、ここ最近家の方に帰っていないんで、どうやってエレナに言い訳しようかと考えていたんです。いつも、明日は帰れるから、明日は帰れるからって言ってたもんで」
「はは、なるほど。それは辛い所だ。これから軌道実験研究の中間発表で、今が忙しい時期だからな」
「確かに……あ、何か飲みますか?」
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