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唯一残したのはウィリアムへのメッセージ。だが、ウィリアムにもそのあまりに簡潔すぎる手紙の内容の意味が分からなかった。ただウィリアムが気になったのは、幼少の頃から父同様に接してきてくれたモリスであったが、今まで一度も自分を「息子」と呼んでくれなかったのに、この手紙には、我が息子、と堂々と肉筆で書いてあったこと。それがウィリアムのモリスへの安否いかんも含めて、さらに胸中を複雑にさせていた。
〈そういえば僕自身、モリス博士を父と呼んだ事はなかった〉
ウィリアムはモリスから受け取った手紙の件を他の研究員に口外していない。
モリス博士の失踪について小会議を開いている今この時も。
表面が強化透過ガラス張りの円卓を囲む六人。しきりに人差し指をテーブルに打ちつける者、幾度も足を組み替える者、タバコを取り出そうとしたが禁煙だと気づき再びポケットにしまう者。いずれにしても皆にわかに苛立っている。やはり施設同様に質素な作りになっているカウンシル・ルーム。六人の前に出されているレモンティー以外に生活感然としたものはない。
会議室で開いている議題は、モリス博士の失踪と今後のプロジェクトの運用について。語調は静かなものの喧々諤々と言葉を発する各々。そのほとんどがビーンストークの重役クラスの研究員。その中に一介の大学教授客員に過ぎないウィリアムが混ざっている。無論、モリスとの仲が懇意であったから出席しているだけ。だが、ウィリアムは発言をする姿勢を見せず、傍観を決め込んでいるようだった。事実、ウィリアム自身モリスが失踪する理由は分からない。一方で手紙の件を述べる事も憚っていた。
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