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プロローグ
ささやかな一杯のコーヒーを飲みながら、一人の時間を楽しむ。
そこがカフェでも車の中でも同じように時は過ぎていく。
綺麗な景色を見ながら、その時の早さを実感するのはどうしてだろう。
今頃、あの人はどうしてるかな。
勝手に頭に浮かんで来るのは、いつでも同じ人。
だからと言って今でも好きなわけじゃないんだよね。
どれだけ濃密な時間を一緒に過ごしたか……。
人の心はそれに囚われて、魔法にかかったかのように忘れない。
私の心も、囚われたままだ。
それを好きという気持ちなんだと勘違いしてしまいそうになる。
もう、好きなんかじゃない。好きなわけ、ないじゃない。
とても忘れがたい人ではあるけれど、綺麗な思い出の中の人。
「まだ寝ないのか?」
唐突な一言に、私の脳内が現実に引き戻されることになる。
コーヒーのせいじゃないんだけど、まだ眠くないの。
言葉にはせずに思った。
答える気がないのだと察知したのか、父親は自室へと行く。
深夜放送の番組をBGMのように聞き流して、カップに手を伸ばした。
もう飲み干していたカップの底が、カラカラになっている。
「そうだった、さっき最後の一滴を飲んだんだ……」
これを飲んだら寝ようと決めていたのに、目の前のテレビを消せずにいる。
そばに置いた携帯の電源を入れると、とっくに明日になっていた。
明日も仕事。寝なくちゃ……。
私は重いリモコンのスイッチを押した。
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