猫と寝言

1/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

猫と寝言

 ホセ・マルティ国際空港に着いたのは午後三時を回った頃だった。五年前に観た映画の景色そのままに、一瞬故障を疑いたくなるような黒い煙をモクモクと棚引かせながら、空港前の大通りを六〇年代車が右から左へと流れて行く。メキシコの空港で飛行機の乗り継ぎに失敗してチケットを買い直す羽目になったのでお金のない僕は徒歩で市街を目指そうと思ったけど、道を歩いていると前方に停まった緑色の車―六〇年代か七〇年代かは区別が付かないけれど、何れにしろ映画の中でしか見たことがないくらい古い型だ―から髪の生え際が露になった中年男が降りて来た。流暢でない英語で話し掛けられ、僕も同じくらい流暢でない英語で返す。 「Where will you go?」 「I wanna go to Havana central」 「OK. You can ride on my car. We go back to central」 「But I have no money」 「OK. Let's go」  助手席には女性が座っていて、彼女の膝には猫が抱かれていた。白毛に所々黒のブチのある子猫だ。目を半開きにして眠そう。僕が車の横までスーツケースを引き摺ると、女性は首を傾け僕の目を見て微笑んで言った、「Hola!」。スペイン語の挨拶だ。僕も首を下に振りながら「Hola」と返す。どうやら詐欺師ではなさそうだ。と、判断する根拠なんてどこにもないんだけど、そんなことを言っていては家の外へなんか一歩も出られないし、家の外に出なくたっていつかは死んでしまう。家の中でただ死を待つような暮らしに耐えられないから僕はこうして遥々キューバくんだりまで足を伸ばした訳で、こういう時は直感に頼るしかない。僕はトランクにスーツケースを横に寝かせて、後部シートにお邪魔した。  車を走らせながら、どこから来たんだ、と男が聞く。日本からだと答える。日本のどこだ。東京だ。東京は人が多いだろう。ああ、まあね。ここは海も街も綺麗だ。飯も旨い。まぁ、ゆっくりしてけ。ありがとう。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!