彼女の腕、あのウォータープルーフ。

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 数ヶ月前、彼女からの告白で始まった恋だった。  でも、この時、この言葉を聞いた瞬間、僕は本当に彼女に恋をしたのだと思う。  黒の太いベルトに、深いブルーの文字盤。彼女の細い腕に痛々しい程の重量感を持ったウォータープルーフは、その後数年、彼女の腕で、二人で過ごした時間を刻んでいた。  僕達は本当によく笑ったし、大ゲンカもした。泣かせてしまったり、何度も抱きしめあったり、嵐のように激しく幸せな日々を通り抜けて、ある日小さな、だけどどうしようもなく決定的なきっかけで別れて、その後二度と会うことはなかった。  でも、別離の瞬間、二人は涙でくしゃくしゃの笑顔で手を振ったし、あのウォータープルーフを彼女は僕に返そうとしなかった。 「二人の愛は永遠じゃなかったけれども、あなたと過ごした時間は、笑顔も涙も、一秒ごとに輝いていたから、永遠よりも尊いものなんです。私は、この時計を二人の時間が存在した証拠として持っていたい。返さなくていいですか?」  その頃には僕達は、悲愴なまでに幸せな恋に疲れ果てて、恋人というよりも戦友のような気持ちになっていた。(彼女もそうだったと、僕は確信している。)でも、結 婚という人並みの幸せなゴールにはたどり着かなかったけど、二人は眩しいほどの美しい時間を過ごしたと、僕も本当に心からそう思う。  二人は、同じ時間(とき)を共有して生きた。愛を共有して、あのまばゆい時間を通り抜けた。  最後に彼女は、27歳の等身大の僕に似合う、新品の腕時計を選んで、僕にプレゼントしてくれた。それは僕の誕生日の夜だった。  そして、二人は別々の時間を生き始めた。別離のしるしに交換した腕時計は、エンゲージリングより尊い。きっと。  さようなら。
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