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もちろん見たこともないし、聞いたこともないはずなのだが、遠く懐かしい思い出を、彼はその木に感じていたのだ。
神様のお告げでも、未来予知でもない。
ただそこにたどり着く行程が、そこに行こうとする思いが、自分を変えてくれるように感じたのだ。
いじめられることも、親を失うことも、大きな「失敗」をすることなく、男は人生を歩んできた。
将来は安定した会社員にでもなり、普通に結婚して、普通に子供を育てて、普通に老後を過ごすものだと思っていた。
だがいざ学校という閉鎖された限定的社会から脱したとき、男は失望した。
それは別段「社会に拒絶された」や、「社会が自分に合わない」などの受動的理由ではなく、「自分が社会にいることの申し訳なさ」であった。
男は痛感したのだ、自分の今いる場所が、自分じゃなくてもいいことを。
そして自分より秀でている人間が何人もいるこの社会で、自らが彼らと競ってビジネスマンになることは、ある種「原罪」のように思われた。
もしかしたらただ人と勝負するのが怖かっただけかもしれない。
だがやはり男にとって、競争以上に社会に対する罪悪感が拭いきれなかったのだ。
高い志を持って、社会に出てくる連中がいる。
守りたいもののために、愛しているもののために社会で活躍する連中がいる。
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