荒野の覚悟

3/5
前へ
/15ページ
次へ
もちろん見たこともないし、聞いたこともないはずなのだが、遠く懐かしい思い出を、彼はその木に感じていたのだ。 神様のお告げでも、未来予知でもない。 ただそこにたどり着く行程が、そこに行こうとする思いが、自分を変えてくれるように感じたのだ。 いじめられることも、親を失うことも、大きな「失敗」をすることなく、男は人生を歩んできた。 将来は安定した会社員にでもなり、普通に結婚して、普通に子供を育てて、普通に老後を過ごすものだと思っていた。 だがいざ学校という閉鎖された限定的社会から脱したとき、男は失望した。 それは別段「社会に拒絶された」や、「社会が自分に合わない」などの受動的理由ではなく、「自分が社会にいることの申し訳なさ」であった。 男は痛感したのだ、自分の今いる場所が、自分じゃなくてもいいことを。 そして自分より秀でている人間が何人もいるこの社会で、自らが彼らと競ってビジネスマンになることは、ある種「原罪」のように思われた。 もしかしたらただ人と勝負するのが怖かっただけかもしれない。 だがやはり男にとって、競争以上に社会に対する罪悪感が拭いきれなかったのだ。 高い志を持って、社会に出てくる連中がいる。 守りたいもののために、愛しているもののために社会で活躍する連中がいる。     
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加