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燃ゆる星空
どのくらい歩いたのだろうか、ふと気になった男は、後ろを振り向いた。
だが今となっては、辺りが真っ暗どで何も見えなかった。
ヘッドトーチをつけていたが、50ルーメンでは、もはや自分の足元を見るのが精一杯である。
ここに音楽があったらどれだけ楽だろうと思ったが、聞こえてくるのは、小川の流れと、虫たちの合唱と、たまに舞う風の音だけであった。
30分くらい歩いたところ、チカチカしだしたヘッドトーチの寿命がついに尽きた。
そうして完全な暗闇に世界が包まれたとき、男は周囲の自然に、自分が空気のように溶け込むような不思議な感覚に襲われた。
自然と一体化するということは必ずしも良いことではない。
なぜなら今の男のように、自分の存在が、自分がこの大地に足をつけているという事実が認識できなくなって、不安や絶望などの生ぬるい人間的な感情の類ではなく、絶対的な「喪失感」に駆られるからである。
「死」という客観的喪失を、男は自らの肉体で体感していたのだ。
ああ、「死」なのか。
まるで魂だけでなく、「意味」や「アイデンティティ」などを取られた気分である。
なんとか意識を保ちつつ、予備の電池を探そうと暗闇に目を鳴らしてカバンの中を探したが、どうやらあれが最後の電池だったらしい。
仕方がないので、今夜はそこで休むことにした。
カバンをそこらへんに放り投げ、枕がわりにして寝っ転がる。
初めは草や虫が気になっていたが、今となっては、なぜだか自分が「彼ら」に対して申し訳なくなっている。
空を見上げる。
何度も見た、満天の星と、少しばかり欠けた月。
それはもう事実であり、初め感じていた驚嘆や感情的喜びはもうどこにもなかった。
そんな「残酷」な事実から目を背けるように男は瞼を閉じ、また同じように、桜の木の夢を見るのであった。
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