夏の章その1 顔がないから…

11/15
44人が本棚に入れています
本棚に追加
/144ページ
「歩夢…、辛い…?」 カチッと電気を消す。 豆電球の灯りの下、修ニィが心配そうにオレを見つめる。 (歩夢、歩夢…、辛いの…?) 枕元に背中を丸めて座る姿…。 その背後にある壁のシミや天井の角度…。 悪寒と頭の痛みまで同じで…。 「茸の森に行った時だ…。奥に渓流のある…」 それはうわ言めいて聞こえたようで、修ニィは一瞬眉をひそめる。 「え…?」 オレはクスッと笑って言った。 「思い出したんだよ。あの時も修ニィはそうやって座ってたなって」 「ああ…」 昔話に関しては、修ニィの方が数倍記憶力がいい。 ほとんどのことを「覚えてない」オレが、急にそんなことを言い出したのが意外だったようだ。 「うん…。歩夢が六歳になる年だね。心配したよ、あの時も…」 ずっと忘れていた記憶だった。 なのに、今日ちょっと足を踏み入れただけで…。 待ちかねていたように次々と記憶があふれてくる。 「茸の森では俺が見失っちゃうほど走り回って元気だったのに、帰り道でパタンと倒れ込んじゃって…」 泥だらけの手。 草ですりきれたひざ。 おんぶしてくれた修ニィの背中。 「すごい高熱出して…。結局、滞在の予定を繰り上げてそのまま車に乗せられて帰っちゃったね。でも、そのまま病院に行くつもりが、須佐村を抜けたらケロッと治っちゃったとか…」 「へぇ…」 修ニィに言われても、その辺の記憶は戻ってこなかった。 オレが覚えているのは…。 ああ…なにかもうひとつ…。 つるんとした…、艶やかな黒髪…、差し出される白い手…。 もう少し小さかった修ニィの肩の向こう…。 そう…、ちょうどその辺に立って…。 ――歩夢君、遊ぼう…。 ずっとずっと呼びかけていたその姿。 返事をしようとしたけれど、呼びかけられるたびにズキンズキンと頭が痛んで…。 ――歩夢君…。 ――遊ぼう…。
/144ページ

最初のコメントを投稿しよう!