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【パターンB】凪瀬夜霧
老人は…空を見上げる。そこには無機質な銀のドラゴンが、今まさに大きな口を開け万の民を焼き尽くさんとしている。
老人は渾身の力を振り絞り、咆吼を上げた。
見る間に老人の体はドラゴンへと変化していく。老いた体は黒い鱗のある体に。背には皮膜のような翼を広げて。
悲鳴が上がるなか、老人は最後の力で空を舞った。
そして、鋼鉄のドラゴンの喉元へと噛みつき、同時に封じた力を解放する。
虚空へ突如現れる黒い穴は、老人と鋼鉄のドラゴンを飲み込んで無へと還していく。
だが、老人は最後に希望を見た。
あのエルフの少女が、呆然とこちらを見上げている。奴隷商の男が少女を見捨て逃げたのだ。
少女は自ら鎖を解き、混乱の中を逃げ出していく。
『これでいい…』
この命が、万の命を救えたのか。あのエルフの少女を救えたのか。
やがて闇に飲まれ消えていく二頭の竜。その後は、まるで何事もなかったかのようだ。
一人の老人の罪滅ぼしが町の人の命を救った事実を知る人は、誰もいなかった。
ー完ー
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