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それが災いして、こんな場所に隠居させられてしまったことまでは言わなかった。言う必要もないかと思ったのだ。綾女が、微かに溜め息を吐いたのが分かった。
――分からぬなら、聞けば良いでしょう。
ふと真神が声を上げた。
「聞くと言っても、誰にです?」
――妖しの者と関わる余り、最近少し希薄なようですが…あなたは人なのですよ、頼之助様。近くの婦人か、そうでなければ今しがた足を運んだ魚屋。聞いて来れば良いのです。
「あ」
成る程。それは道理だった。
古本の精が、ぱたぱたと手を振った。
――真神様。僕のことは良いんだってば。
――しかし、彼は乗り気のようですよ。
その通りだった。確かに、最近の僕は視野狭窄に陥っていたのかも知れない。
「有難うございます、真神様。ちょっと行ってきます」
――先に喰っておるからなー。
綾女の間延びした声に手を振って、僕は魚屋に再び向かった。近所付き合いは元からなかったからだ。
奥方は怪訝そうな顔をしたが、作品の描写に必要なのだと言うと、納得した様子だった。
「ちょっと待っててね」
そう言って彼女は包丁とスズキを取り出して、僕に捌き方を教えてくれた。手帳にその様子を書き取り、図にする。
「さっき先生にお売りしたのは、大体の下準備は済んでる奴なんだけれど、折角だし完全に生の状態から下ろす方法を教えておくわね」
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