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古本の精
良く晴れた昼下がり、僕は街中の角に佇む古本屋を目指し、屋敷を出た。真神は『ついていきましょうか』と言ってきたけれど、それには及ばないのでのんびり日向ぼっこでもしてもらうことになった。
屋敷の前の細い道を行くと、やがて大通りに出る。一気に喧騒が身体に纏わりつくのを感じた。かつての都も、段々と様変わりしつつある。洋服を身に纏う紳士淑女の方々や、舗装された石畳、行き交う人力車、煉瓦造りの建築物など。新都に比べれば緩やかに、けれど確実に、古びた世界が塗り替えられていく。
それは喜ぶべきことなのだろうか。実利の点では論ずるまでもない。ただの郷愁だと分かってはいた。
だから紙面に残したいと思うような者が現れるのだ。僕は今になってその必要と欲求を感じているが、先見のある人々はとうの昔にそれを抱いていた。
古本屋に入ると、洋服を着た男の子がぺこりとお辞儀をした。十三、四と言ったところだ。幼年ではない、さりとて青年でもない。曖昧な時節の彼は、高く、それで居て何処か落ち着いた声をしていた。西洋の音楽では何と言うのだったか――確かそう、アルトと言うのだ。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか」
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