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「そうでしたわね。記憶がないんですものね。
あなたは江戸は墨田で代々続く料亭『風月』の若旦那で、新三郎さんと言いますの。
三年前、私たちは家同士が決めた許婚として夫婦になったばっかりでした。
その頃、風月の評判を聞いた京のお公家様からぜひ一度と京に招かれて、板場にも立つことのあった新三郎さんは京にお出かけになりましたの。
でも京でのお話が終わって、京を出たという使いの後、新三郎さんの行方がわからなくなってしまって。
それから風月はもちろん、私の実家からも資金を出してもらい、ずっと新三郎さんを探しておりましたのよ。
さ、皆が心配していますから、帰りましょう。」
「待ってください。
帰ると言われても私は何も…。」
「思い出せないのでしたら、いくらでもご説明しますから。
でもこんな汚いところではなく、宿に部屋を取っていますから、そちらでゆっくり、ね。」
「いや、私は…。」
「あなたのお父様、大旦那様がご病気なのよ!」
「え…病気…。」
「今までは大旦那様のおかげでお店が回っていたけれど、これからはそうはいかなくなるわ。それに大旦那様がずっと新三郎さんのことを気にかけていらっしゃるの。」
「…。」
「さ、お分かり頂けたでしょう。行きましょう。」
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