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(おせいの家)
その夜、おせいは一人、庭で桜を眺めながら酒を飲んでいた。
「夜桜か…。」
酒が置かれた盆の上には、伊佐吉がおせいの家で使っていた包丁が置かれている。
「料亭の若旦那なんてね。
そりゃあ包丁の扱いにも慣れているだろうね。
…伊佐吉さん…。」
《トントントントン》
おせいは慌てて木戸口に行き、戸を中から押さえる。
《トントントントン》
「おせいさん！おせいさん！」
「開けるんじゃないよ！何しに来たんだ！」
「決まってるじゃないか！
おせいさんに会いに宿を抜けて来たんだ！」
「お帰りよ！もうあんたに用はないって言っただろう？！
あんたには帰る場所が見つかったんだ！江戸でもどこでも早くお行き！」
「私はここでおせいさんと暮らしたいんだ！」
「そんなことできないだろ！」
「できるよ！ここを開けてくれたらできる！
私は新三郎なんかじゃない、私は伊佐吉だ！」
「おやめ！
…本当は全部思い出したんだろう？」
「…わかって…いたのか…？」
「わかるさ…。三年も一緒に暮らしたんだ。
父親の話が出た時、本当に辛そうだったからね…。」
「おせいさん…。」
「さ、思い出したんなら、もうここには用はないだろう。
あんたの帰る場所にお帰り。」
「私にはおせいさんを置いて行くなんてできない！
おせいさんがいるこの家が、私の帰る場所なんだ！」
「…私がいるから、帰れないか…。
じゃあ、私がいなくなったら帰れるね。」
「おせいさん…？」
おせいは庭に走って行き、盆に乗せてあった包丁を掴み、一気に自分の胸をつく。
「うっ…。」
「おせいさん！おせいさん！」
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