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おせいのただならぬ様子を察した伊佐吉は、無理やり戸を開け、おせいのそばまで駆け寄る。
「おせいさん!なんてことをしたんだ!
「伊佐さんは優しいから、いっときでも一緒にいた私を置いて行けないって言うだろう?
私がいたら帰れない。
なら、私がいなくなったら帰れる。」
「何を言うんだ、しっかりしてくれ!
おせいさん!」
「泣いてくれるのかい?やっぱり伊佐さんは優しいね。
そんな優しい伊佐さんと暮らせたなんて、私は幸せ者だ。
こんな顔に生まれて、親には捨てられ、人には罵られ、生まれて来て良かったことなんて一つもなかったと思ってた。
でも伊佐さんと暮らした三年だけは幸せだった。きっとこの三年のために生まれて来たんだって、そう思えるくらい幸せだったんだ。
こんな幸せをもらったのに、私には何も返せるものがないから、ここで死んでいくことで許してくれるかい?」
「嫌だ、死なないでおくれよ、おせいさん!」
「…伊佐さん…人は生まれ変われるのかね…
もし次に生まれ変わったら…私は桜になりたいよ…。」
「桜…」
「伊佐さんと出会ったのも桜の木の下だった…。
桜になったら、毎年伊佐さんに思い出して貰えるだろう…?
桜になったら、花びらとして自由に伊佐さんのところに行けるだろう…?
ああ、でもこんなに醜い私が桜になれるわけないかねぇ…。
桜…綺麗だ…。
やっぱり伊佐さんと見る桜が…一番…綺麗…だ…。
桜…綺麗…だねぇ…。」
「おせいー!!」
ことさら強く吹いた風に揺られた桜の木の下で、こと切れたおせいを、伊佐吉はいつまでもいつまでも抱きしめ続けた。
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