第一場

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「なにからなにまでお世話になって…。 すぐにでもお礼をしたいのだが、何もできなくてすみません。 動けるようになったらすぐに出て行って、必ずお礼を。」 「出て行くったって、自分が誰かもわからなければ行く宛もないだろう。 自分のことを思い出すか、身元がわかるまではここにいたらいいよ。」 「でもこれ以上ご迷惑をおかけするわけには。」 「迷惑なんてことはないさ。 ここには私の他には誰もいないし、誰かが訪ねて来ることもない。」 「ご家族はいないんですか?」 「いないよ。ずっと一人だ。 小さい頃には母親がいたが、生まれついてのこの顔だから、その母親にも気味悪がられ、疎まれていた。 私が七つか八つの頃、母親に男ができて、その男に私を捨てろと言われるまま、母親は私を捨ててさっさとこの家を出て行った。 それからこの家に近寄ろうって物好きもいないからね。」 「すみません。」 「別に謝ることじゃないさ。 私の顔がこんななのはあんたのせいじゃないし、一人にも慣れっこだよ。 あ、でもあんたのことを宿場に聞いてやることは出来ると思う。 私は宿場の店から仕立てや直しの仕事をもらうことがある。 といってもこの顔で宿場に出入りしたら客が逃げると言われ、宿場の中までは入れないが、いつも町外れで荷の受け渡しをする下働きの男がいる。 その人にあんたのことを聞いてもらうよ。」 「ありがとうございます。 では少しの間こちらでお世話になってもよろしいでしょうか?」 「ああ、早く思い出せるといいね。 いや、きっとすぐに思い出せるよ。」
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