140字小説

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140字小説

四季が狂ったと気付いたのは、日本人らしい。 昔は三月毎に変わっていた季節も、徐々に春と秋が短くなって、その分だけ冬が長くなった。僕は今日とて寒がりながら、六月に咲く桜を想った。 春よ来い。急いで来い。 観衆が見守る中、大舞台でのアドリブは血が煮える。 全身が総毛立って、わずかな一音でも頭を反響するかのよう。 ざわめく会場、慌てふためく舞台裏。ああ堪らない。さあ、もっと面白くしてやろう。筋書きは自分で作るんだ。 そうして私は服を脱いだ。 あとで捕まるとも知らずに。 川辺で釣りをしていたら、ホームレスに話しかけられた。僕は興味本位でコツを教わった。臭いはキツかったけど、お陰で久しぶりに釣れた。翌日、冷蔵庫に入れたままだった缶ビールをあげると、涙を流しながらお礼を言われた。 本物の感情を見せられ、はっとする。 見下していた僕は最低だ。 クリスマスの思い出は? そう訊かれて、私は「お父さんがサンタだったこと」と答えた。 彼は薄明かりに苦笑して、「それじゃあ気を付けよう」と白髭を整える。 良かったね、ウチのサンタは優しいよ。トナカイも頑張らないと。 お客様の中に――そうファーストクラスから聞こえ、私は急病人かと顔をあげた。頼られるのは悪くない。応急処置ぐらいはしてみせようか。 客室乗務員は息を切らせ、ビジネスクラスへ駆け込んできた。 「お客様の中に、パイロットは居られますか!?」 私は青ざめ、浮かせ掛けた腰を下ろした。 少年は、あてもなく歩き続ける。どこまでも広がる世界を、たった一人で。 踏み固めた土が道となって語りかけていく。けれど少年は振り返らなかった。歩みを止めれば悟ってしまうから。 巡る奇跡を信じて、進むしかない。 絶え間なく回る星で、誰かを探して、いつまでも。 猿から進化していった人類は、ゆっくりと筋骨を変化させた。 情報過多により瞳と頭部が大きくなり、切り詰めた栄養食が顎先を細くする。 便利になるだけ全身の筋力は付きづらく、低身長が当たり前。 きっと過去の人間に遭遇したなら、こう言われるだろう。 「あ、宇宙人だ!」 暇な休日は、人間観察に限る。 有名な待ち合わせ場所で、行き交う人を見て想像する。 笑顔の正体、涙の訳、怒りの原因。 ずっと対角線上に居る彼女は、どんな表情を見せてくれるのだろう。 ふと、絡まなかった視線が合う。 そうか、僕も観られていたんだね。 ここに来た、その時から。 見たい物しか見たくない――という理由で、テレビは使われなくなった。 タレントより一般人のエンタメ性が勝り、一部ではアイドル扱いまでされている。 需要と供給の努力を怠り、テレビを廃れさせた業界人の重役が、涙ながらに呟いた。 「テレビは永遠に生き続けます。スマホの中で」 僕の彼女は、壊れたモノしか愛せない。 ほつれた服を着て、雨でもないのに靴は汚れ、腕時計のレンズにも傷が入っている。まるで、どこかが綻んでいないと気が済まないみたいに。 彼女と付き合い始めて、かれこれ二年。 長く愛されている僕は、一体どこが壊れているんだろうか。 最近アニメの影響で、馬鹿な男子の間で中二病が流行している。 「ククク、俺の兎目(ラビットアイ)から逃れられる奴はいるかな?」 「ふ、浅いな。鼻洪水(ノウズフラッド)で汚してやろうか」 「へ、へくしょん!」 「おっとスニーズだ」 もうヤダこの学校、花粉みたいに飛んでってよ。 無類の美味さを誇る、ロールキャベツが人気の洋食店。その秘訣は合い挽き肉らしい。 「一体何の肉を使われているのですか?」 食レポの記者に対しても、固く沈黙を守っている。 噂が憶測を呼び、いつしか警察の家宅捜索まで行われた。 だが店内には食材しか無い。 店長は微笑むだけだった。 辛い辛いと愚痴る後輩を前に、私は木製のバットを持ってきた。 「先輩、それは?」 「いや、ほら。こいつを頭に叩き込んで、辛いのを幸せにしてやろうかなって。そこに、ちょっと正座してくれない?」 青ざめて引き笑いをした後輩は、それ以降に辛いと言わなくなった。 私は幸せだ。 慣れないことはするもんじゃない。早く出社しただけで、天変地異の前触れだのと一日言われる始末。 肩を竦め、俺は帰路につく。雪をねだる子供の声さえ煩わしい。 ふと気まぐれに、手持ちの千円でコンビニの缶コーヒーを買い、おつりを全額寄付した。 ほらやっぱり。傘も買っとくんだった。 「頭痛が痛いは誤用じゃない」 そう自信満々に告げる彼。こんな人気の無い場所で、可笑しなことを。幼馴染でもなければ鼻で笑っていただろう。 でも、たまに鋭いことも言うから、私は訳を訊いてみた。 「だって僕は女子が好きだから!」 その意味を深く考えて……私は、頭痛が痛くなった。 今日はバレンタイン。浮ついた社内の空気が嫌だったが、今年は違う。 有休を使った俺は、貯めた金で豪勢にも昼から寿司だ。 空いた店内は貸し切りのようで堪らない。やっぱり菓子より飯だな。 「あの、バレンタインなので」 ふと会計の時に手渡されたのは、チロルチョコ。 ……生臭甘ぇ。 この二日間、ほとんどパソコンの前に居たので、視力がガクッと落ちた。 空の青さが眩しい。 風の冷たさが心地良い。 そうだ、今度からは外で書こう。Bluetoothのキーボードと、スマホのスタンドを買って。 人気のない河川敷で、のんびりと。 そんなことを想いながら、私は病室で文を打つ。 後輩が俺を寝かせてくれない。 教えたはずの仕事が「分からない」と縋り、プライベートの悩みすら「助けて」と打ち明けてくる。 渋々と応えてやったら、笑みを浮かべるもんだから性質が悪い。 うるさい上司が目の上のたんこぶなら、あいつは目の下の隈なんだ。 いつか無視して寝てやろう。 「んじゃなめそわか!」 いきなり姪っ子が雪だるまに叫ぶから、僕は驚いた。 どうしたのと訊くと、「お爺ちゃんに教わった呪文なの。こうすると、タマシイが入るんだって」と言う。 そんな馬鹿なと思いつつ、僕は雪だるまから目が離せない。 その腕になっているのは、鋭い氷柱なのだから。 ふと、冷蔵庫に宝くじが貼ってあるのに気付いた。妻が買った物だろう。そういえば、もう発表されてる頃かな。 手元のスマホで調べてみる。 へぇ、組は同じだ。番号も……ん? これ、一等!? パクパク口を開閉していると、妻が現れた。 「あら、一昨年に買ったやつ。まだ貼ってあったのね」 「目、耳。どれか一つと引き換えに、彼女を助けてやろう……」 ケタケタ笑って、悪魔は囁きかける。 僕は頭を振って、それに答えた。 「歪めて叶える願いなんて要らない。欲しいのは、彼女を自分で助ける力だ」 己を犠牲にして、僕は力を手に入れた。 今度は彼女を助けよう。 ズタズタに。 「犯人は、お前だ! 動機は不倫からの恨み。暗がりの中、被害者の背後から絞め殺して、逃走したんだろう! トリックもクソもない単純明快! 犯行時刻にアリバイが無いのが決定的だ!」 「……それで探偵さん、証拠は?」 「なぁいっ、140字で言えるわけないだろ! いい加減にしろ!!」 いつも自動ドアには無視され、親からは影が薄いと言われ続けた。 そんな自分を変えたくて始めた改造計画。 毎日の筋トレは欠かさず、プロテインと友達になり、己を磨きあげた。 張った筋肉はテカテカと滑らか。血管まで浮かぶ。 そら、無視してみろ自動ドア。今ならドアごと進んでやるぞ。 終電を乗り過ごして、一駅分を歩く。 線路下のガー ドを潜ろうとしたら、何やら先の人が不審な素振り。 ふと隠れて見てみると、壁をペタペタ触っている。 次の瞬間――壁が開いて、光が漏れ出した。その中へと人が飲み込まれていく。 俺は目頭を押さえた後、首を振った。 今度、試してみよう。 ハレルヤが私のおまじない。 暗い気分の時でも、それを心で唱えると前へ進めそうになる。 そんなことを友人に話すと「あたしは“なんくるないさ”だよ」と返された。 お互い、キリスト教や沖縄出身でもないのに、なんだか可笑しかった。 こうして笑い合えたのは、おまじないのお陰なのかな。 年に数回、濃霧の時にだけ動くのが、霧隠れの忍だ。 普段は自営業の駄菓子屋をやっているが、今日ばかりは違う。 白い衣装を着飾り暗躍だ。 さあ依頼人。殺したい奴は誰だ。どこに行けばいい? ……なに、霧が晴れた? え、あ、その、またのご利用をお待ちしてます。ご連絡は駄菓子屋まで。 私の職業はゴーストライター。数多く書いた作品はあれど、名前が載ったことは無い。 幽霊のように、吹けば消し飛んでしまう立場だけれど、何年も続けている。 誰も気付かない、私だけが知っている名前。 それを作品に刻むのが、面白くて堪らないからだ。 これは密かな、幽霊からの呪い。 君を助ける為の手は尽くした。あとは天に身を委ね、祈ることしか出来ない。 ごった返す神社で買った御籤は、大吉。長蛇の列に並び、賽銭箱に有り金の全てを投げ込んだ。 これでも足りないというのなら、俺の運すらくれてやる。大吉なんて要るものか。 神様。どうか彼女を、助けて欲しい。 僕の田舎、冬になると湖が凍るんです。大人には止められたんですけど、小さい頃は遊ぶのに夢中で。 はい、そこでテレビの見よう見まねで跳んだのが最初です。面白さに気付いたのも。 照れ臭そうに笑う、回転の貴公子。 今や彼は、舞台をアイスリンクへと移し、四回転アクセルを跳んでいる。 某年、世界中を『高鬱症候群』が襲った。それは勤勉な人間ほど症状が重く、仕事や学業を投げ出す、無責任な行動を起こしてしまう。 深刻な社会問題として発展。しかし人類は生き延びていた。 そう、元から気力の無い人々によって。 彼等は「だるい眠い帰りたい」と呟きつつも、働き続ける。 私は元詐欺師。故あって作家をしている。 昔から口が達者で、経験も豊富なことから、嘘を信じさせるのが上手い。 フィクションで他人の感情を奪う小説家は、天職に思えた。 人気作の重版が増えて名が売れる。偽名もまた増えた。 もし詐欺がバレて捕まえられても、それはそれで面白そうだ。 電線に止まってるカラス、居るだろ? あれな、実は電気を貯めてるんよ。そそ、帯電な。んで貯めた電気は鳥飼の元へ帰るわけさ。そらもう何万羽も。たまに焼き鳥になるんけどな、はは。 ほんで飼い主の電池になっとるわけ。電気代いらんし、不自由ないわ。 これが本当のカ力発電ってな。 月面移住計画の一歩として、先進国の資産を結集させたドームが作られた。 ドーム内にて月の鉱石から酸素を取り出し、地中の氷は溶かし、ゆくゆくは森林を育む手筈だ。 誰もが夢見た、第二の地球。 それは一発のミサイルによって、粉々に吹き飛んだ。 彼の国は、探査機の事故と弁明した。 私は彼のメガネを曇らせるのが好きだ。 いつも慌ただしく取り外して、温厚そうな目を細めている。そんな普段は見せない真剣さに、申し訳なくも止められない。 今日も寒い家路の中、突然ふっと息をかける。 笑顔を浮かべると、彼の溜め息が当たる。 メガネの無い私は、湯気が出そうだった。 新年初笑い企画と称して、リアクション芸人な友人と闇鍋をすることにした。 いくら食べられる物だけとはいえ、ぐつぐつと煮えた鍋からは刺激臭が漂う。 先を促すと、「臭っ、熱っ」と予想通りの反応。 そして鍋は、暗闇でひっくり返った。 苦笑いしながら片付けたのは、言うに及ばない。 好き嫌いを語るのに、何かと比べても仕方ないの。それは似てるかもしれないけれど別物で。私を好きだと言った貴方は、どこかの女優と重ねたわけじゃないでしょう? 飾らない私を類似品と言うのなら、他の機械人形に向ける感情と変わらないのよ。 ねえ、どうしたの。早く油をさしなさいよ。 ああ、なんてことだろう。 一年の計は元旦にあり――この手を赤く染めてしまった後、そんなことを思い出した。 それを目撃した娘も肩を震わせ、目を見張る。 「もう、お父さん! せっかく掃除したのに、ケチャップ散らかさないでよ! 相変わらず料理ド下手なんだから!」 「ごめんなさい」 何かをし忘れたような気がして、自転車を走らせる。年の瀬で人通りもないサイクリングロードを、ひたすらに。 冷たい風に疲れきって、ふと顔を上げると、河川敷で親子が遊んでいた。 良いお年を――そう聞こえて、同じく呟いてみる。 ああ、そうだ。きっと誰かに、これが言いたかったんだ。 傷つくのが嫌だと、色んなことを踏み台にしてきた私は、高い高い場所にいる。誰の声も届かないし、見渡しても一人として居ない。 けれど寂しくはなかった。ただ、ここは息苦しかった。 もしバランスを崩して落ちた時、あるがままの自分は受け止められるのだろうか。 考え、踏み台を外した。 トラックに弾かれたかと思いきや、受付の前に立っていた。 呆然とする私を他所に、初老のオジさんが書類をめくる。 「幼少期に万引き、喧嘩して相手に怪我と……」 恥ずかしい過去を並び立て、やっと最後に視線を合わせた。 「本当は一年ほど地獄行きなんですが、満杯なんで天国へどうぞ」 さっきから鼻息荒くボクに詰め寄る友人は、ついに机まで叩き始めた。 「だからヤベーんだって、見なきゃ損するぞ!?」 そう言われても転校生の美女とか興味ないし。でもまあ、こいつのタイプは気になるか。 「で、どんな子なの」 「……いや見てねぇけど」 なんだよもう、ドキドキを返せ。 家の中は禁煙だ。それでも目を覚ますのには、煙草の力がいる。家族にバカだと言われながら、早朝はベランダに出て一服している。 冬至の今日は一段と冷え込む。肌を刺す寒気を余所に灰を黒く染め、白い煙を吐き出した。 薄暗い街並みに溶ける煙は、まるで冬の儚さのようだった。 大気汚染による日照不足の世。作物の不作もさることながら、人々の気持ちにも雲掛かっていた。 各国が苦心する中、日本政府は驚きの施策を打ち出す。 灰色の空へ射す、七色ビジョンである。かつてない規模で行われたそれは、誰もの顔を見上げさせた。 年間自殺者数が半減したのは、後の話。 電車内で吊り革を見ると、体操時代を思い出す。 何気なく掴んだつもりでも、自然と爪先は立って、背筋もピンと伸びてしまう。これも反復練習の後遺症だ。 いつだって車内では好奇の目で見られ、変人扱い。 そんな彼らに、私は満点の笑顔で返すのだ。 これもまた、反復練習の後遺症。 昨晩泥酔した友人から、電話が掛かってきた。どうやって家まで帰ったのか分からないらしい。 私は潜めるような小声で、一部始終を伝えることにした。 道行くサラリーマンに、カツアゲをしたこと。その金でタクシーを拾い、運転手にまで暴行したこと。 友人宅のトイレから、終話音が鳴った。 人は常に慣れる生き物である。 辛い記憶に悲しいこと、楽しかった出来事や怒り狂う環境でさえ、人は慣れてしまえる。 誰しも心当たりがあるだろう。そこの小首を傾げている君。君だって、慣れようとしないことに慣れているだけなのだ。 屁理屈だって? その通りだよ。 言われ慣れている。 私は数多くの男を売ってきた。 ある時は別の女に渡し、どうでもいい物と引き換えにしたことだってある。 彼等は物言わずに、私から離れていく。いっそ恨み言の一つでもくれた方が、ずっと楽なのに。 いつからか……私は、何も感じなくなった。 今日もまた、諭吉と野口が私から去っていく。 物語の常識を創るのが人なら、それを書き換えるのも人だ。いずれ非常識なんて言葉は薄らぎ、どこかで見た類似品ばかりが並ぶ。書き換えられ続けた常識は、黒く塗り潰されて分からない。真新しさを探求する作家にとって、それは物語の終わりと同義だ。もう人の常識を消すしか、方法がない。
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