花冷えの宵

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 まるで置き忘れられたみたいな古い木のベンチでぼんやりと座っているその姿に、あの頃の面影なんて見つけられなくて。  それでも、そこにいたのは先生(・・)だった。  あの頃の私にとっては絶対的に近い存在で、今の私にとっては消せない傷痕となって時折胸をざわつかせる厄介者。そんな彼が、弱々しく見えるなんて、たぶん私は疲れてる。  だからだろう、私が彼に声をかけていたことに気付いたのは、「どうかしたんですか、先生?」という聞き慣れた声が耳に入ってから。  そのときの先生は、私の手にある子ども用品を見て、あからさまに怯えた顔をした。あれ、この人そんな感じじゃなかったのに。色々変わったのかも知れないね。雰囲気だけじゃなくて、よく見たら服装もどことなく変わっている。会うたびに威圧的だと感じていた黒はどこか儚さを感じるグレー基調になっていて、ジャラジャラと音を立てていたネックレスも、どこにも見当たらない。  変わり過ぎていて、どこか気持ち悪い。  あの頃から、まだ5,6年しか経ってないのに、人ってこんなに変わってしまうものなの?  もう私と彼は何の関係もないはずなのに、思わずあれこれと勘繰ってしまう。また、私のことを騙そうとしてるんじゃないか、とか。色々。 「久しぶりだな、若崎(わかさき)」  そんな私の気も知らずに声をかけてくる彼の声は、もはや誰なのかもわからないくらい穏やかで。  だから、私も。 「お久しぶりです、仲西(なかにし)先生。お元気でした?」  何の気負いもなく、そう返していた。 「――――、そうか、まぁ知らないよな」  どうやら私が彼を恨んで、憎しみすら覚えながら卒業してからの数年間で、色々あったらしい。憔悴しきった微笑は、実際よりもずっと老け込んで見えた。 「大変でしたね、先生」  でも、抱きしめた頭の重さは相変わらずで。 「もう、先生じゃないよ」  その寂しそうな声に、私は。 「お話、聞かせてくれませんか?」  あぁ、何となくわかった。  あの頃の先生は、きっとこういう気持ちだったのかな。  桜の花びらに埋もれそうなほど弱々しい彼を、私は……。
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