花冷えの宵

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「ねぇ、先生?」  私が――かつて同じようなことをしてきた相手が――そういう話の最中に微笑んだからだろうか、先生はどこか戸惑ったような視線を向けてきた。  ――赦してくれてるのか?  どうせ、そんなことを期待してるんだろうな、ってわかる目付きで。あぁ、やっぱり変わらないんだな……なんて思ってしまう。また、笑いが漏れる。  昔から変わらないな、先生は。  私が好きになっていた頃と、何も変わらない。 「あ、あのさ、若崎(わかさき)、俺さ、」 「今更悔いてあげたって、その子の時間は戻らないんですよ?」  言わせない。  都合のいい言葉なんて、もう言わせない。 「ねぇ、先生? 先生ね、私に言ってくれたんですよ。押し潰されるくらいなら心の拠り所を探せって。何か傷でもついてからじゃ完全には癒えないから、って。  だったら、もう手遅れじゃありません? 先生が昔の私に吹き込んでくれた綺麗事じゃ、もうその子のことを救ってあげられないんじゃないですか?」  あぁ、ほんとに、何で。 「きっとその子も、私みたいになるんですよ。あなたを恨んで、恐れて、憎んで、捨て去りたくてもできなくて、苦しみ続けるんです」  何でこんな人を1度でも好きになったんだろう。  それこそ、全てを捧げたっていいなんて、何を考えてたんだろう。この身すらも。いや、たぶんそのときの私には、先生の厚意に対して払えるものが私自身だけだったのが知れない。 そんな思い込みの中で、色々失って。  いざそういう関係(・・・・・・)になってしまえばとても勝手な人に変わってしまって。 「その気持ちを、もっと早く持ってくれたらよかったのに」  そっと、耳元で囁く。  仲西(なかにし)先生の目が、荒海の中で必死にしがみついている丸太が腐って崩れ落ちたみたいな、絶望した顔に変わる。  あーあ、全然赦してなんかないこと、言っちゃったなぁ。 「あなたから受けた言葉が怖くて、人を好きになりたくてもなれなかったし、あなたから受けた傷を見られた瞬間、友達が去りました。もしかしたらあなたからしたらわりとよくあることだったのかも知れないけど、私は許しませんからね?」  わかってる、こんなのはただの八つ当たりだ。  でもね、理不尽に付けられた傷の痛みを、その傷を付けた相手に返したいと願うのは、間違ってるのかな。  先生の呆然とした瞳。  今の私には、それだけで十分だ。
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