花冷えの宵

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 あぁ、可哀想に。  仲西(なかにし)先生は、皮肉なしでそう思ってしまいそうなほど怯えたような、まるで谷底に落ちてしまいそうなときに命綱を親に託していた子どもが、親からその命綱を手放すことを言われたときみたい。  でもね、あなたがしたことは、まさにこれと同じだったんですよ?  そう言いたくなるのを堪えながら、私は先生に微笑みかける。きょとんとした顔は、あの頃のままに見えて。つい、また笑ってしまう。 「わ、若崎(わかさき)……?」  彼は、私のそんな様子に戸惑っているらしい。  おどおどして、不安だらけの顔をして。まるで、あなたに心を預けてしまう前の私みたい。  青空の下、まるで周囲から忘れ去られたかのように誰も立ち入ってこない小さな公園の片隅で花を咲かせる、大きな枝垂れ桜の下。  古く、朽ちたようにも見える木のベンチに腰掛けながら呆けたように虚空と私を見つめている先生に向かって、歩み寄る。途中、まだ綺麗な色を残している桜の花びらを踏みしだきながら。  ベンチに座ったままの先生を抱き締めて、そっと囁いた。 「でも、私はそんな先生のこと、ちゃんとわかってますから。だから、安心して」  安心して(・・・・)。  この言葉で、私は確かに救われたの。 「……………………」  無言で背中に回された手の、確かな温もりを感じながら。私はまた、彼に向かって微笑んだ。  あーあ。  きっと、昔の私ならきっと、このままハッピーエンドだった。目に映る桜の花のように綺麗な心で、そう言えた。  だけど、今の私はきっと、足元で踏み締められている泥まみれの花びらと同じだから。私は、もうあの頃の私とは違うから。  私は、確かに救われた。  すぐに、その手で縛られた。  散らされて、むしられて、踏みつけられて。  あなたなら、きっと今の私の気持ちがわかるはずだよね。私がこれからあなたにすることも、あなたを待ってる未来も。 「ふふ……」  思わず漏れた笑い声など耳に入らないみたいな、寄る辺をなくした子どもみたいに私にすがる彼の頭を、そっと撫でる。  昔、私がされたみたいに。  楽しみだね、先生?
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