雨の降る日に

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一瞬、雨の音が止んだ。 規則的に落ちて来ていたその音がなくなったことで、時間が止まったかのように感じてドキリとする。 目の前を音もなく仄かに白い影が横切る。 雨よりも速度の遅いそれは、今度はスローモーションを感じさせた。 桜の花である。 ああ、今年ももう散ってしまうのか。 のろのろと溜息をつく。 見上げれば頭上いっぱいに伸びた枝に、満開の桜が咲き誇っている。 音もなく落ちる花を見て、君は何を思うだろうか。 正面へ向き直ると、目の前に規則正しく並んだ桜の木々が広がっていく。限りなく軽く、軽く宙を舞う花びらの向こう、1番奥の桜の木の下に黒いシルエットが浮かんでいた。 高い方ではないけれど、私よりは頭一つ大きい背丈に、くしゃっとした黒髪と思いの外暖かく輝く茶色の瞳。学生服のボタンはいつも上から3つ開けていて、両手はポケットの中だ。 次第にはっきりしていく影に、胸が高鳴るのを感じた。 君はいつまでも若いままなのだね。愛おしい気持ちになってふふ、と微笑みがこぼれた。その気持ちは落とすまい、と目を閉じた一瞬の隙に、再び目を開けたときには黒いシルエットは消え去っていた。 桜は目の前にある1本だけ。 ぽたん、ぽたん、と雨が傘に跳ね返る音が聞こえる。時々雨粒に混じって桜の花びらも舞っているけれど、時間は正常に流れていた。現実は少しあっけない気がした。 こんなにさらさらと流れていってしまっていいのだろうか? と、右肩に何かが触れて振り返る。視界に入ったのは黒いスーツ。そして、顔を頭一つ分あげると、そこだけ時間が止まったように変わらない温度の瞳がふたつ。 その瞳が真っ直ぐにこちらをとらえたとき 現実の時間が止まった。
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