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さり……
未だ艶を喪わない丈の長い髪がまた削ぎ落とされる。部屋が少し寒くなった。
女は、彼女を歌の師と仰ぐ侍女たちに後を追って姿を変えることを決して許しはしなかった。侍女たちが何度懇願しても、
「まあ、おもとらは何をいうのやら。若くて将来のあるおもとらが様を変えることなどしてはいけません。よいですか。女の幸せというものは、よい男に見初められてその方の子を産むこと。間違っても歌詠みになろうなどと」
ここで女は、下をみつめてふっと微笑むのが常で、その得も言われぬ――とうに五十を超えているのに――可愛らしさがまた愛しくて侍女たちはその小柄な女を抱きしめたくなるような、そのような気持ちになるのだった。これが、まして男であったなら。この女のためなら死んでもいい、と思うのは自明であった。
そして女は侍女たちの顔をその少し下がった愛嬌のこぼれるような黒く湿った瞳で見つめて、
「思ってはなりませぬ」
と慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、それから
「わたくしはもう全てを見ましたから濁世には思いなど残っていないのですよ」
と付け加えるのがここ数ヶ月来のことだった。
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