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それから、わたしの顔を見て
「さて。この花の意味やいかに」
眼を細めて尋ねられた。ちょうど、江の御方と浚ったばかりの和歌だったので、わたしは、今でも思い出せるほど力み返って
「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」
と声を張って詠った。
「まあ、よくできました。古今の和歌は全て、上下(上の句も下の句も)全部覚えなくてはなりませんよ」
と江の御方は眼を細めて、わたしの頬を人差し指でつんつんとつついた。わたしはただうれしくてくにゃくにゃと江の御方の膝のうえに座り、ふっくらとした頬に自分の頬を預けた。柔らかい手がわたしの背中に回される。うっかり「お母さん」と呼びかけてしまいそうなくらい、江の御方はわたしに優しかった。
「これ。あやめや。その方、お名前はおっしゃったの」とあまりに幼いわたしに業を煮やしたのか他の女房が脇から口を挟んだ。わたしははっとして江の御方のお膝から降りて、畏まって答えた。
「西国から上った田舎者とおっしゃっていました」
そのとき周囲の女房たちが再び華やいだ声をあげた。
「お返事を、とおっしゃられて。あの。お待ちでございます」
わたしは手紙の主を待たせていることをすっかり忘れていたのだった。
江の御方は「……まあ」と刷毛で美しく描かれた朧な眉を寄せたが、
「仕方ないわね。おまえの顔を立てなくてはね」
そう呟いて、自ら立ってお部屋にある御厨子を開かれると、種々の紙をとりだした。薄様からみちのく紙までたくさんの色と種類。
「おまえはどの色が好き? この中から選びなさい」
わたしは一番美しいと思った薄い緑色の紙を選んだ。
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