一の侍女 あやめの話

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笑いながら江の御方はわたしを抱きすくめた。わたしはその骨などないような、どこまでもやわやわとしたお身体とよい香りに包まれてぽうっとしてしまった。そんな他愛のないわたしを膝に乗せたまま江の御方は、文机に向き直り、先ほどの薄様(うすよう)に、今お口から出たお歌を書いて、橘の枝に結び付けられた。 「さあ。その方のところへ持っていらっしゃい。何も言わずに差し出せばいいわ」 おつきの女房たちも口々にしっかりね、などとわたしに声をかけてくれる。わたしは高ぶった晴れがましい気持ちで意気揚々と築地の()れ目まで戻った。今度ははっきりとわたしはその男君の顔もみた。中高のお顔に切れ長の眼。お鼻は高く、鼻筋がとおり冷ややかなほどの美貌だった。その方はわたしの目の前で薄様を広げて読むと、おやおや、と面白そうにつぶやき、お供の牛飼い童(うしかいわらわ)に紙と硯を用意させ、さらさらと何やら書き付けた。わたしと牛飼いが珍しそうにお手許を覗き込んでいたせいだろう。美しい男の人は苦笑して、美しい声で歌を詠み上げてくださった。 「同じ()に鳴きつつをりし時鳥声は変わらぬものと知らずや」 (同じ血を分けた兄弟ですから。声は同じですよ。ご存知ありませんか) 「幼い人、意味はおわかりか?」 そうおっしゃって、(なま)めかしい――まだ十歳ほどだったわたしでもそう思ったほど――眼差しでわたしを見つめられた。わたしはふるふると頭を振った。 「そうか。まあいい。これをではお前の主に届けておくれ」     
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