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4 桜咲く
魔法のような出来事に、目を丸くする。
女の子は、開いた桜わ掬い私の手のひらにのせた。
「枝にしか咲かない訳じゃないのよ。それに、高いところばかりに咲くわけでもないの」
先程から優しく揺れている桜の木に歩み寄り、幹に触れた。
枝と言うには細く短い突起から、一つだけ桜が開いていた。
よく見ると、大地に張った根から、こっそり顔を覗かせている桜さえある。
「きっと、おねえちゃんの枝はそこじゃなかったのね」
私の手を取ると、両手でしっかりと握りしめあどけなく笑った。
「おねえちゃんの桜は、きっと違うところで咲きたがってる。その枝から落ちてしまったのは、それを教えてくれているんだよ。時間はかかるかもしれないし、予想外に場所かもしてないけど、咲かせたい気持ちがあれば大丈夫」
「違うところで、咲く……」
「種から育てたその蕾が、おねえちゃんの色で咲きますように」
一つ大きな風が吹き、花びらで視界が遮られた。
再び目を開けると女の子の姿はなく、夢でも見ていたような気にさえなりながら家に帰ったのだった。
あれから十年。
「ママー!今日はお仕事何時に終わるの?」
「そーねぇ、収録が一本と打ち合わせがあるから、五時にはお迎え行けるよ」
「わかった!あ、今度お友だちがね、CMの猫ちゃんの声やってって言ってたよ!」
「じゃあ、今日会ったら猫ちゃんで挨拶しよっか」
今は、地元で高速道路の情報を読みながら、時々CMやローカル番組でナレーションをしている。
そして、この時期……
この桜の木の下を通る度に、あの日の事を思い出す。
私の咲く場所は、ちゃんと見つけられているか自信はないけど、きっとあの頃よりは進めているのではないかと思いながら。
立ち止まった私に、優しい風が花びらを纏って頬を撫でた。
「ありがとう」
今年もたくさんの桜が咲く。
どうか、心に宿ったその蕾が、それぞれの場所でしっかりと花開きますように。
おしまい。
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