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2 机上の
ベビーピンクのワンピースに、深い緑色の靴を履いた女の子は、私から駅を行き来する人たちへの視線を移した。
そして、一人のリクルートスーツに身を包んだ青年を指差した。
「あの人、去年一件も内定とれなくて、未来を悲観してたの。でも、大学にもう一年通って就職活動して、第三志望の企業に就職できたんだって」
「……え?」
すらすらと話す口調は、その容姿からはかけ離れていた。
戸惑っている私に構わず、女の子は続けた。
「あの人は、今年結婚したの。前の旦那さんは家庭を省みない人で、離婚するときもずっと悩んでた。別れてからも、なかなか人を信用できなくてここで泣いていたわ。でも、幸せになることを諦めなかった」
指差した先にいたのは、40代の女性だった。傍らには同じくらいの年の男性いて、仲睦まじく寄り添って歩いていた。
少女は胸に手を当て、その手を腹部に当てて目を閉じた。
「そして、お腹に新しい蕾が膨らみ始めているわ」
「えっと……あなたはいったい」
少し不気味にさえ思える。
創造力で話せるないようでもないし、そんな年齢でもない。
息を飲む私に、女の子は笑いかけた。
「まだまだあるよ?あっちのおじいさんはね、喧嘩別れした息子さんと今日十年ぶりに再開できて、……あの女の子は十歳の時からオーディションを受け続けて、十年かけてやっと合格して今日上京するの。本当はアイドルになりたかったんだけど、バラエティタレントとして頑張るって」
幸せそうなおじいさんと、息子さんのご家族。
大きなキャリーケースにボストンバッグを乗せて走る女の子は、期待と不安を表情に秘めていた。
その後も、転勤したばかりの男性や産休明けの女性、念願の会社を立ち上げた社長や失業状態で仕事を探して職安に赴く青年。
成功者ばかりではない。
挫折や失敗を繰り返して、人はその人だけの道を歩いていく。
そんな分かりきったこと、今さら聞きたくはなかった。
「みんな頑張っているんだから、自分の状況を悲観するな、と?あなたが何者なのか知らないけど、ほっといてもらえるかな」
明らかにただの五才児ではない。
ただ、机上の論理・正論に耳を貸し続けるだけの余裕はなかった。
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