二人きりの

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不意に強い風が吹いて、花びらが舞った。 「桜ってやつはさ」 ギュルン、と強くマレットを滑らせると彼女はバッと立ち上がった。 「散り際が一番綺麗だと思うんだ」 ひらひらと落ちる花びらは、計算されたように彼女の周りを彩る。演奏家の次は役者か。忙しいな。 「ああ、雪みたいで綺麗だ」 薄紅の雪は世界の輪郭を曖昧にしていく。演技じみた微笑みを浮かべ、彼女は首を振る。 「確かに散っていく桜は雪みたいだ。だけどね」 それだけじゃ半分だ、と笑う。 「雪が溶けて水になって、その水がこの桜に栄養を与える。そして散った花びらの水分が蒸発すれば、それはやがて雪になる」 なんだか壮大な話だ。だけど馬鹿馬鹿しいと笑う気にはなれなかった。彼女の瞳は俺だけを捉えて離さなかった。 「季節は巡り巡って、地球は廻り廻る。当たり前のことだけれど、それは尊く儚く、美しい。私たちがこうして紡ぐ時間も、きっとどこかへ繋がっている、それはなんだか、素敵なことだと思わないかな」 今日一番の笑顔を浮かべて彼女はそう言う。ゆっくりと俺に近づき、顔を寄せる。 「だからね、春。巡り巡る季節を、春夏秋冬ぜんぶを、君と過ごしたい。私は君を、」 大福を彼女の口に押し付けた。唇で覆ってしまえばもっと格好よかっただろうが、ヘタレな俺には、これが限界だ。 「ここから先は、俺に言わせてよ」 覚悟を決めて、決意を固め向き直る。彼女は少し不服そうではあったが、しばらくの沈黙の後、ぺたんと座り直した。
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