柔らかな記憶

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ふわっと砂糖の甘さが口いっぱいに広がった。舌先の熱で溶けた砂糖が唾液と混じり合う。こくん、と飲み干すと灼けるような甘みが喉を通るのを感じた。 ほう、と小さく息を漏らす。掌に収まってしまうほどの大きさなのに、いつまでも味わっていられるような気さえした。求肥に口を付ける。何と例えるのが良いのか迷ってしまうほどの柔らかさ。赤子の頬、朝陽に煌めく新芽、買ったばかりのクッション。一瞬のうちに沢山のものが浮かんでは消える。 こんなに大好きなのに、うまく言葉にできなくて、「美味しいね」なんてありきたりな台詞しか出てこない。春は、ああ、とうわの空で返事をすると、また遠くを見つめる。 「今から告白する」とほぼ同義のことを言っておきながら、「やっぱり恥ずかしいから先に大福食べて」だなんて意気地なしにも程がある。でもそんなところも好きだ。絶対口には出さないけど。ちまちまと食べ進めているせいで、苺は中々現れそうになかった。 もちもちした求肥の食感に餡子が加わると、また違った幸福が、口内を支配する。甘く煮詰められた餡子は、噛むたびに味に深みが出る。まさに「幸せを噛み締め」ながら、ふと半年前に思いを馳せる。 初めて春の大福を食べたのは、学園祭の時だった。もうすぐ店番終わりだから、これ食べて待ってて、と手渡されたのだった。 ひと口食べて、春の柔らかな笑顔を思い出した。作品には作った人の魂が宿るとはこういうことかと思った。ひと口ひと口噛み締めるように食べて、苺の酸味が舌に触れた時、ハッとした。 思い出したのは、少し照れ臭い記憶。記憶の靄の中で、春は私を庇うように立っていた。粉砂糖の余韻は、角を曲がって手を振る時の、寂しげな顔を彷彿とさせた。これは春だ。確信に近い気持ちだった。 ぼんやりと思い出の糸を手繰るうちに、手の中の大福は残り半分程となり、赤い断面が覗いていた。勿体無いと思う気持ちもよぎったが、それよりもこれが正しいのだ、という気持ちの方が強くて、私は残りを全て口に放り込んだ。
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