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「咲川琴美さんが好きです!」
雨音が邪魔をする。
心がざわざわする。
さっきまでとは違う胸の苦しさが、熱を帯びた気持ちが、目の前の男をちゃんと見ろって訴えてくる。
「柳瀬くん」
柳瀬くんはわたしを短大卒じゃなくて、一人の人間として女として見てくれた。
だからわたしも彼のおかげで居心地のよい時間を過ごせた。
わたしが忘れていたことも全部覚えていた。きっとわたしの性格もわかっていたから、愚痴を聞いて今日みたいに元気づけてくれた。
優しくて頼りになる男。
断る理由がない。
でも、あるとすれば……。
「柳瀬くん。わたしはまだ一歩すら進めていない。会社では約立たずの短大卒」
「それは……」
「ライバル。今はライバルでいて欲しいの」
悲しそうな表情。その顔は見たことがないかも。
「少しだけ考えさせて。わたし頑張るから。少しだけ時間をちょうだい」
「咲川さん」
「だから、今日はもう戻って」
結局、遅刻させてしまった。
あたたかい風が急に吹き、桜と一緒に雨粒がわたしたちに降り注ぐ。熱に火照った身体が冷めていくみたいで、ふと冷静になる。
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