サクラが紡ぐ思い出今未来

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娘が熱を出したと小学校から連絡が入ったので、私はすぐに支度をし家を出て今は校庭沿いの通学路を歩いている。 風に流されて路上を舞う桜の花びらを見てふと校庭に視線を移すと、青く塗装された金網のフェンスの向こう側には満開に咲き誇る桜の木。そこに懐かしさを感じて私は立ち止まり校庭を眺めた。 鉄棒、うんてい、登り棒、飼育小屋。何から何まで私が通っていた20年前と全然変わっていない。思い出と同じ風景。校庭の広さだけは、思い出の中よりもかなり狭く感じるけれど。 桜の木の根本に目を移すと、地面に積もった薄い色の花びらが新雪のように無垢で、その光景とフェンス越しに漂ってくる春の香りに20年前の忘れかけていた記憶が呼び起こされる。 今日と同じ。桜の季節。6年生の時だったかな。放課後になるとよく校庭に遊びに来る猫がいて…… 「サクラ……そう、サクラだ」 そうだ。桜の木の下でゴロゴロ転がって花びらまみれになっていたから、私がサクラって名付けたんだ。名付けたっていうか、そう呼んだらいつの間にか定着していただけだけど。 サクラは大人しくて人懐っこくて、撫でると気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らしてたっけな。 懐かしいな。見た目はキジトラで、全然サクラって名前に合った見た目じゃなかったけど、サクラって名前はいつの間にか低学年の子たちにも浸透してて、結構、嬉しかったっけな。いつの間にかいなくなっちゃったけど。 「あっといけない」 娘が熱を出して苦しんでいるというのに暢気に立ち止まっている場合じゃない。私は思い出にさよならを告げ娘を迎えに校舎へと向かった。
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