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「少し怠さがあるみたいで、熱も37度8分ありまして」
保健の先生の話を聞いた後、担任の先生と少しだけ話をして私は娘と一緒に昇降口を出た。
数段の階段を降り、乾いた校庭の土の感触を懐かしみながらテラス沿いの花壇の花を眺め校門に向かって歩いていると、娘は私の上着の裾をちょんと指でつまみ少し咳を溢す。
「大丈夫?」
「うん」
私は娘の手を取って握る。汗ばんだ手から伝わってくる風邪の熱気。車で来れなくてごめんね。そっと娘の頭を撫でると、娘は私の腰にぎゅうっと顔を押し付けた。ああ、可愛いなぁって、風邪を引いて弱気になった娘を見て感じてしまうのは、親としてどうかとは思うけれど、可愛く感じてしまうものはしょうがない。
校門にたどりつき、ふと横に目を向けた時だった。等間隔に植えられた満開の桜の木が風にさらされ吹雪のように花びらを散らしているのが見えた。金網越しじゃない桜吹雪はとても幻想的で、そんな春の数日の間にしか見られない光景を前に私はつい立ち止まり、じっと目を奪われそうになるが、
「あっ」
私の目を奪ったのは、桜吹雪ではなくて1匹の猫だった。その猫はまるで私の思い出の中から飛び出してきたみたいなキジトラの猫で、桜の木の根本にちょこんと座って私たち親子をじぃっと見つめている。
「猫……」
私は高鳴る胸を抑えてそう小さく呟いた。20年前の記憶が鮮明に蘇る。笑いあっていた同級生たちの顔。撫でたサクラの毛並みの感触。桜の花の香り。まるであの日の景色が目の前に広がったような気がして……
私はそっと目を閉じ、思い出を抱き締めながら心の中で「ありがとう」と呟いた。綺麗な思い出を蘇らせてくれて、ありがとうって。
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