サクラが紡ぐ思い出今未来

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キジトラの猫は大きく欠伸をする。私のお礼に返事をしてくれているように見えた。 「サクラだー」 「えっ」 娘がキジトラの猫を指差して声を張る。 「サクラ?」 「うん。あの猫の名前ー」 こんな偶然ってあるのだろうか。ドキドキする胸をおさえながら私は、 「どうしてサクラって名前なの?」 そう娘にたずねた。20年前に私がキジトラの猫にサクラって名前を付けたのと同じ理由で……サクラの花びらにまみれていたからって理由でこの猫がサクラって呼ばれているのだとしたら、なんだかとっても素敵な気がして。 「んーとね、お姉ちゃんたちがそう呼んでたから」 「お姉ちゃんたち?」 「うん。1年生の時に学校にきてた猫がね、年上のお姉ちゃんたちにサクラって呼ばれてたから、ゆあたちも学校に来た猫のことサクラって呼んでるのー」 「ふぅん?」 ……サーっと、体の中を何かが駆け抜けていく感覚があった。 娘の言っていることの意味に気づいたのは、その瞬間のことで。 「お母さん?」 ちょっとだけ目を瞑って思いを巡らせ、私は「いこっか」と娘の手を引いて校門を出た。 青く塗装された金網のフェンスから風に乗って流れてくる桜の花びらに春を感じ、キジトラの猫が座る桜の木の根元の横を金網越しに通り掛かった時、私は娘に声をかけた。 「ねぇゆあ。あの猫のサクラって名前、実はね」 20年前に私がキジトラの猫の事をサクラと呼んで以降、きっとこの学校に遊びに来た猫はみんなサクラって呼ばれてきたのだろう。 20年もの間、ずっと。一体何匹の猫がサクラと呼ばれてきたのだろうか。 それは、誰に強いられることもなく、そして誰に知られることも無く20年間続いてきた奇跡の伝統。 願わくば、このままずっと…… 「ねぇお母さん、実はなにー?」 「うーん、あの猫のサクラって名前、可愛いね」 「えー、今はぐらかしたでしょー」 私はあはは。と笑い娘の頭を撫でる。今はまだ言えない。でもいつかきっと。だからそれまでは、あの人にだけ……サクラの事を覚えているかどうかは、わからないけれど。
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