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この時はじめて彼女のことを意識した。その後は彼女の、ところを構わず咲くような明るさに気を引かれるようになった。ふと彼女のいる方を向くと笑っていたり、真剣に相槌を打っていたり、怒っていたりと色々な表情をしていたが、その隣にはいつも明るさがあった。
そんな彼女の姿を見る度、僕はもう一度彼女と話したくなる。桜の樹の上について短く話した時に、彼女に照らされる暖かさを知ってしまったのだ。あの光に照らされたような心地よさを知るべきではなかったとすら思える。それでも彼女の近くを通るたび、また話せないかと期待する。また話すことができれば、あの時よりきっと上手く話せるのにと思ってしまう。
きっと彼女は桜の樹の上の事など、とっくに忘れているだろうし、僕から話しかければよかっただけだ。でも彼女に声をかけようと決意すると、子供に力一杯抱きしめられたような息苦しさを感じ、耳が急に熱くなり赤くなったのが分るのだ。そうなるたびに僕は、あまりの恥ずかしさから話しかけるのを止める。そうして情けなさと恥ずかしさと、諦め切れない衝動が胸を塞ぎ、僕は考えるのを止め机に突っ伏す。
そのたびに僕は、彼女のことが好きなんだなと思い知らされる。気づいた時には彼女のことが好きだったのだ。だがそれは恋に落ちるというよりは、波が引いては寄せるようにじわじわと心の中を占めていた。ふとした瞬間に彼女の澄んだ笑顔を見ると、それまでは遠ざけていたのに、好きという気持ちが猛烈に寄せてくるのだ。しかも忘れていた以前より確かになる。
あの時の会話とも呼べない会話以外に、彼女と話したことはなかった。それなのに、こんなに好きになってしまう自分が恥ずかしくて嘘みたいに思えてくる。
彼女のことを考える時、二回に一回は桜の樹の上にあるものを考える。僕と彼女の唯一の繋がりである会話の答えを考えていると、本当に彼女と会話をしているような感覚になる。妄想の中では僕はいくつも自分の考えを話す。自分の考えを妄想の中で伝える度に、もっとうまく話せればいいのにと悔しみの恥ずかしさが生まれる。それでも僕は桜の樹の上についての会話を繰り返す。
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