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ふとある時、桜の樹の上には恋が咲いていると思えてきた。最初は何を考えているんだと思っていたが、徐々に信じられるような気がしてきた。僕は登下校の最中、桜の樹を見上げるようになった。五月で青い葉しか生えていないというのに、それでも桜の樹を必死に探して見上げてしまう。そこに上手くできなかった会話の答えがあるような気がして何度も何度も見てしまう。 桜の樹を探すようになってから、こんな所にもあったのかと驚きながら幾つも桜の樹を見つけた。そしてその度に見上げてしまうのだ、そこには何もないとわかっていながら。 見上げることに何の意味もないと僕は思っていた。だが、違うのだ。眺める度に、何度も想いを桜の樹の上に置いている。残された想いは雨を浴び日差しに輝き咲いていく。現実の花ならすぐに枯れるが想いは枯れることがない。置いてきた想いは永久に変わることがないのだ。静止した想いの花はいつまでも町中で咲き続ける。 そこでふと気がつく。何も僕だけの想いが募っているわけではない。誰もが桜を見ながら自らの恋を考えてしまうのではないか。恋の色をした花弁が幾つも散るのを見ているとふと恋について考えてしまうはずだ。それは離れてしまった相手への恋でも、成し遂げられた愛でも、想いは樹の上に残っている。 考え終わると、そうとしか思えなくなってしまった。どうかしてこのことを彼女に伝えたい。だが、きっと恥ずかしがってうまく話せないのだろう。そしてまた桜の樹の上に恋を咲かせることになるのだろう。
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