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670馬力の女
───流麗な純金色の長い髪。
美しい顔立ちにスレンダーなボディーライン。
だが、レオが惹かれたのはそんなものではない。
ヒューガの持つ、独特な雰囲気。
奴は、完璧ではない。
あれだけパーフェクトな見た目を持っていながら、中身は世界一の残念女だ。
そしてその残念さ加減は、レオでしか守れないような気がして。
自分にしかあの女を守れないような気がして。
クソ女という呼び名は、いつしか自分の口癖にもなっていて。
だが、奴はただのクソ女ではない。
クソ女であり、同時にレオの目標でもあった。
最後まであの女に勝つことは叶わなかった。
クソ女がハンドルを握るこのムルシエラゴに、最後まで勝つことは叶わなかった。
叶わぬままクソ女は死んだ。
首を吹き飛ばされ、炎に包まれた。
だから、せめて。
クソ女が見ていた、ミラノ最速の景色を。
レオも、見てみたかった。
あの女と同じ景色を見たかった。
あの女が愛した、このムルシエラゴで。
「なぁ、JV」
「誰が……ん? 初めて我輩の名を呼んだであるな」
「俺は、お前のものだ」
「当たり前である」
コーナー入口。
ブレーキ。
ステアリング。
デフの分離の感触。
アクセルを踏み込み、ドリフトへ。
車体の傾きを調整しつつカウンターを当てる。
タイヤを滑らせながら姿勢を保っている。
不安定だが、安定している。
ヒューガのドリフトは、異次元空間で起こる矛盾によって完成される。
その理論は、奴のかつての相棒だったレオが、世界で最も良く知っている。
「レオナルド」
「あ?」
「我輩を貴様のものにしてみないか?」
「そりゃあ御免だな」
「そうか」
引く。
リカバリーレバー。
デフの結合の感触。
レオは一気にアクセルを踏み込んだ。
ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
そのエンジン音は、限りなく人間の叫び声に近い。
これがヒューガの聞いていた音、そして見ていた景色。
ルームミラーに映るゾンダを置き去りにした、かつてヒューガが見ていた景色。
その風景を今、レオは目の当たりにしている。
それは爽快なようで、悲しくもあった。
この景色を作り上げたあの女はもう、この世にはいないのだから───。
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