第1章

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 申し訳なさそうな表情をしている弟を見ると愛美は口元が緩むのを覚えた。 「ありがとう……あんたが、そこまで考えてくれたなんて、今まで考えもしなかった。これからは色々な事を少しは相談するからね」 「少しかよ……」 「そうよ、わたしが居なくなるまでの間にもっとしっかりして貰うから」  笑いながら冗談とも本気ともつかない千秋の言葉に弟も思わず笑うのだった。 「ねえ、それまでにカレーの作りかた教えてくれな」 「いいわよ! しっかりと教えてあげる」  愛美は、それまで何回カレーを作ってあげられるだろうかと思うのだった。  愛美の住んでいる街は春の訪れが遅い。北風が山から吹き降ろして街の人々の襟を立たせる。  だが、今日の愛美は喜びを胸に家路を急いでいた。電話で学校や先生、それに父と弟に連絡はしたが、一刻も早く父の喜ぶ顔が見たかった。  K市から新幹線に乗り、N市で乗り換えて在来線に乗る。暫く揺られると愛美達の住んでる街に着く。途中学校に寄り、担任と進路指導の先生に報告をする。 「電話でも伝えましたが、合格しました!」 「うん、良かったな! 天下のK大学だ。見事だよ!」  先生達は口々に喜んでくれた。 「家族の方も待っているだろう!」  その言葉で「失礼します」と言って家路に着いた。  電話では父は「良かったな」と短く言ってくれただけだが、言い方が何時もとは少し違っていたのが判った……随分心配掛けたと思った。  逆に弟は喜び 「やった! 姉ちゃんもこれで春からK大生だ!」  とあからさまな態度をした。またそれも弟の照れ隠しだと思った。  学校からの帰り道、空から白いものが降って来た。 「春の雪だね。積もらないと思うよ」  八百屋のおじさんが声を掛けてくれた。その声で今日は鱈ちりにしようと思った。鱈は一昨日バター焼きにしようとセール品を多めに買ったのだが、結局使わなかったので、その処理も兼ねていたし、白菜は未だ家にあった。足りない春菊としめじ、それにえのきを買う。作るものが判ったのか、小父さんは千秋に 「売れ残りのだから」  葱を二本入れてくれた。 「ありがとうおじさん!」 「いいよ、愛美ちゃんの顔を見られるのも、あと僅かなんだろう?」  小父さんも彼女がもうすぐこの街を出て行くのを知っているのだ。 「うん……今日ね、志望校に合格したの」  今日の事を正直に八百屋のおじさんに言うと、大層喜んでくれて
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