第1章

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 ある街の夕暮れ……。今日も高校の授業が終わるとまっすぐに家に帰り、夕食の買い物に出かける。受験生でもある彼女は忙しい。  愛美は八百屋の店先に、今年初めての松茸を見かけた。 「あれ、もう出ているんだ」  驚きの為か声がやや大きかったようだ。 「ああ、愛美ちゃん。松茸だよ。今年の初物だよ。外国産だから安いよ、どうだい」  八百屋の親父さんが声を掛けてくれた。 「でも、値段が……」  安いといっても松茸としては、という意味だ。愛美の今日の予算では心許ない。松茸だけを買って帰る訳にはいかない。 「おまけするよ、愛美ちゃんだから」  子供の頃から通っている八百屋の親父さんは、買い物の時は何時も愛美には値段を引いてくれる。 「でも、どうやって食べればいいかな?」  買い物に来る前まで愛美の頭の中には松茸などと言う選択肢は無かったからだ。 「何だっていいじゃ無いか、炊き込みご飯だって良いし、ちょっと変わったところでは、ざっくり割った松茸にスライスした牛肉を巻いて醤油で焼いて食べても旨い。変わったところでは土瓶蒸しなんか面白いな」  八百屋の親父さんの言葉で、思い出したことがあった。先日、台所の奥を片付けていたら天井に括りつけてある戸棚のから得体の知れない箱が見つかったのだ。その箱を開けて見ると、小さな土瓶が四つ入っていた。 「なにこれ?」  その土瓶はお茶を入れるにも小さいし、素焼きぽい感じだから荒っぽく扱えばすぐ壊れそうだった。  愛美が扱いに困っていると後ろから父親が 「ああ、未だあったのか、母さんの嫁入り道具のひとつだったが、最近は余り使う事が無いから、無くしたと思っていたよ。あったんだ」  愛美は後ろを振り返りながら父親に 「これ、何に使う土瓶なの。お茶とか?」  その質問がよっぽどおかしかったのか父親は笑いながら土瓶を取り 「これは『土瓶蒸し』という料理に使う土瓶なんだ」  そう言って、土瓶の蓋を取って逆さまにしてその猪口みたいになった蓋に土瓶の口を注ぎ込む真似をしてみせた。 「こうやって、中のお汁を飲むんだ。中には松茸や海老、銀杏なんかも入れるな。無論松茸でなくても構わない。しめじだって何だっていいんだ」  そう言った父親は母親を懐かしむ感じがした。 「お母さん、一度も使わなかったの?」 「何言っているんだ。使わないなら何で父さんが知ってるのさ。母さんが作ってくれたから知ってるんだろ」
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