第1章

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 ガス台に蒸し器を載せて水を張り、上の段に先ほど作った土瓶蒸しの土瓶を三つ入れる。自分と父親と三つ下の弟の分だ。帰って来たら何と言うだろう。少し楽しみだ。  後は紙のような薄い鮭をガス台の魚焼き器に並べて入れる。電子レンジに冷凍ほうれん草を入れ解凍して、胡麻和えを作る。  そして、八百屋の親父さんがくれた傘の開いた松茸を刻んで残りの松茸も入れた「松茸ご飯」が炊けるのを待てば良い。  その頃になって中学三年で部活を終えた弟が帰って来た。 「ただいま~、今日はおかず何?」  期待してる声で尋ねられたので、愛美は自慢気に 「今日は、松茸ご飯よ! 凄いでしょう!」  てっきり喜ぶと思いきや 「え、肉じゃないの? ご飯だけ?」  そう言った弟の反応は愛美にとっても意外だったが弟にとっても部活でお腹を空かせた状態での思いがけない献立だったのだ。 「いいえ、鮭もあるし、そう! 土瓶蒸しもあるのよ」  残念ならも千秋の想いは弟には届かなかったようで 「いいよ、足りなかったらコンビニでなんか買うから」  そう言って自分の部屋にかばんを持って下がって行った。 「洗濯物出しておきなさいよ」  廊下を歩く後ろ姿に声をかける。  高校一年の時に母親が癌で亡くなった。高校に進学し、これから親孝行してあげよう、と思っていた時だった。それから愛美は一家の主婦兼任になった。  彼女にはひとつの心配ごとがある。部活で優秀な成績を収めている中学三年の弟は都会の私立高校に行きたがってる。この夏休みに見学に行くつもりだ。  金銭的なことが心配なのではない。来年弟が家から出て行く。残るのは自分と父親だけになる。だが千秋は家から離れた大学に行きたいのだ。  家から通える距離に大学は無い。一番近い大学でも電車で三時間はかかる。得体の知れない短大ならこの街にもあるが、とても行く気はしない。いつか父親にそれとなく話したことがあるが、その時は 「行けばいいよ。お金のことは心配しなくても良い。仕送りだってちゃんとしてやる。今は振り込むだけで良い。コンビニからだって出来る」  そう言っていたのだが、千秋の心配ごとは金銭ではないのだ。希望の大学に進学したら、なるべくバイトだってするつもりだし、無駄遣いはしないつもりだ。
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