0人が本棚に入れています
本棚に追加
この前までろくにお湯も沸かせない父親が心配なのだ。毎日の食べるもの、それに洗濯や掃除、もろもろの雑用。そんなことが父親にこなせるだろうかと思うのだった。
「ただいま~」
玄関で父親が帰宅した声が聞こえる。はっとして我に帰り
「お帰りなさい! 今日は松茸だよ!」
と努めて明るく振る舞うと
「おお、松茸なんて久しぶりだな。この前の土瓶蒸しを見たからか?」
察しの良い父親はそう言って千秋の表情を伺った。
「買い物行ったら、八百屋の親父さんが勧めてくれたの。オマケもしてくれたのよ」
「何時もおまけしてくれるのだろう。今度会ったらお礼を言っておくよ」
父親は鞄を持ちながら奥の自分の部屋に着替えに行った。夕食の支度を急がなくてはならない。
お風呂場からは弟が大きな声で
「父さん、夕食の前にお風呂に入ったら? 沸いているよ」
そう言うと父親が返事をする
「ああ、すぐ入るよ」
お風呂の掃除や支度は弟と決まっている。意外にきれい好きな弟は何時も風呂場をピカピカに磨いている。
父親がお風呂に入っている間に夕食は完成した。食卓に三人が並んで、土瓶蒸しが目の前に置かれている。
まず始めに父親が食べ方を実際にやってみて教えたが、弟は最初にご飯を口いっぱいに頬張り、土瓶蒸しのお汁でそれを流し込んだ。
「台なし……」
愛美が嘆くのを尻目に、弟はお汁を飲み干し、中の具を箸で摘んでパクパクと食べてしまった。見ると、焼き鮭もすでに無く、ほうれん草の胡麻和えも減っていた。
「ごちそうさま」
そう言うと弟は自分の食器を持って流しで洗って籠にあげて
「じゃ、宿題があるから、姉さん先に風呂に入っていいよ。俺最後に入って洗うから」」
そう言って部屋に帰って行った。
「味も素っ気もない感じね」
愛美は呆れて言うと父親は笑って
「あの頃は味より量だろう。兎に角腹が減る年頃だ」
父親は何時もお銚子一本だけの晩酌をする。今日は土瓶蒸しを肴にして呑んでいる。愛美はそんな父親を見ながら、ご飯を食べ終えた。明日は終業式だ。進路調査票を出さないとならない。そんな気持ちを察したのか父親が突然
「愛美、進学しろ! 父さんのことは気にするな。今はコンビニだって、クリーニング屋だってある。何とかなる。ゴミに埋もれても死んだ奴はいない」
どうして判ったのだろう、父親の前ではひとつも心配の素振りはしなかったはずだ。
最初のコメントを投稿しよう!