第1章

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「私が何処に行きたいか判るの?」  千秋の質問を笑いながら父親は 「K市のK大学だろう。お前、そこに合格出来る成績だそうじゃないか。この前な、会社に先生から電話があって、進路調査票、お前だけ出して無いそうじゃないか。それで電話があったんだ。その時訊いたよ」  そんなことがあったなんて、全く知らなかった。先生も言ってくれなかった。 「先生にはお父さんから言うからと答えたんだ。行きなさい! 自分の希望の場所に行けば良い。お父さんの為に自分の将来を犠牲にすることはない。お父さんはもう終わろうとする人間だ。お前はこれからの人間だ。気にすることはないよ」  父親の諭すような言い方に愛美は胸が熱くなった。父親は更に 「土瓶蒸しって父さんには、仲の良い家族のような気がするな。今日、土瓶蒸しを食べたので、思い切って言うことにしたんだ。松茸と言う柱があって、次に海老と言うこれまた素晴らしい柱があって、子供のような銀杏。それらを支える三つ葉、まるで我が家みたいじゃないか」  父親が土瓶蒸しを食べながらそんなことを考えていたとは知らなかった。いつの間にか、千秋の頬を涙が流れていた。 「それに、この土瓶蒸しの土瓶はお母さんのものだから、お母さんも天国で心配していたのかも知れない」  食べてしまったと思った土瓶蒸しに未だ少しおつゆが残っていた。それを猪口に注いで飲んでみると先ほどより僅かに塩気が濃くなっていた。それが涙のせいとは考え過ぎだと思う千秋だった。  それから数日後、愛美は髪の毛を切った後スーパーで 『旬! サンマ新物入荷! 百円!』  と書いてある張り紙を見つけた。それを見た時にサンマ好きの父の顔が浮かんだので、三匹をコングで掴んでビニール袋に入れる。  サンマを買ったら大根も買わなくてはならない。一本百五十円と値札の付いた大根を籠に入れた。  後は南瓜を買う。これは家族皆が好きだからだ。表を叩いて音の良いのを買う。これは母の教えだ。後は惣菜売り場で父親と弟のために焼き鳥を五本買って帰った。父親が三本で弟が二本だ。  家に帰り、夕食の支度を始める。最初に南瓜を切って鍋に入れ、砂糖を振りかけて揉んで砂糖をまぶすようにする。そのまま暫く置いておく。こうすると水が出て少しホクホクに煮えるからだ。これも母親が教えてくれた。
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