0人が本棚に入れています
本棚に追加
その間に大根おろしを作る。本当はこういう力仕事は弟にやせらせたいところだ。そう思っていたら丁度良いタイミングで部活から帰って来た。
「ただいま~今日は何?」
「さんまと焼き鳥と南瓜」
「焼き鳥何本?」
「あんたは二本」
「ケチ! 五本ぐらい食わせろよ」
そう毒づいて自分の部屋に帰ろうとして、千秋の後ろ姿を見た弟は
「あれ? また失恋でもしたのか?」
そんな失礼なことを言っている。
「失恋なんかする訳ないでしょう。気分転換よ。あんた女が髪の毛切れば、皆失恋だと思ってるんでしょう? そんな事言ってると、あんたの好きなカレーもう作ってあげないから」
最後の一言が効いたのか、弟は急に態度を変え
「悪かったよ。姉ちゃんのカレー好きなんだ。これからも作ってよ」
そう哀願して来たの愛美は
「じゃあ、この大根おろし作ってくれたら、明日はカレーにしてあげる」
「え、ホント? やるやる!」
弟は手を洗うと愛美から大根を受け取り一心不乱に降ろし出した。
時間を見てサンマをガスの魚焼き器に入れ、火を点けると、玄関で呼び鈴の音がした。誰だろうと出て見ると、隣の菊池さんのおばさんだった。
「こんにちは。愛美ちゃん。今日ねえウチ、里芋を煮たのだけれど煮過ぎてしまったから貰ってくれる?」
そう言って大きめの小鉢に里芋の煮付けを持って来てくれたのだ。素直に有難いと思う。
「おばさんありがとう! 助かります」
そう言って受けとると菊池のおばさんは笑顔で帰って行った。それを見ながら愛美は『明日はこの器に南瓜を入れてお返しをしよう』そう決めた。
支度が出来た頃に父親が帰って来た。何時ものようにお風呂に入ってる間にテーブルに並べ、夕食の支度をする。
テーブルに着いた父親は焼き鳥と里芋の煮付けを見て嬉しそうだ。
「呑む?」
千秋の言葉に父親も嬉しそうに頷く。
「ビールでもいい?」
「ああ」
短いやり取りでも伝わるようになった。
父親が里芋を見て嬉しそうにしてたのには訳があった。今日の菊池さんの里芋の煮付けは濃い味で煮てあった。
亡き母親は父親の健康を心配して、薄味で煮ていたのだった。里芋は父親の好物だったが、濃い味で煮た里芋は食べ過ぎると体に良くないと思い、あえて薄味で煮ていたのだ。
では父親はそれを嫌っていただろうか? 否、逆であった。むしろ喜んで母親の煮た煮物を食べていた。
最初のコメントを投稿しよう!