第1章

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 その間に大根おろしを作る。本当はこういう力仕事は弟にやせらせたいところだ。そう思っていたら丁度良いタイミングで部活から帰って来た。 「ただいま~今日は何?」 「さんまと焼き鳥と南瓜」 「焼き鳥何本?」 「あんたは二本」 「ケチ! 五本ぐらい食わせろよ」  そう毒づいて自分の部屋に帰ろうとして、千秋の後ろ姿を見た弟は 「あれ? また失恋でもしたのか?」  そんな失礼なことを言っている。 「失恋なんかする訳ないでしょう。気分転換よ。あんた女が髪の毛切れば、皆失恋だと思ってるんでしょう? そんな事言ってると、あんたの好きなカレーもう作ってあげないから」  最後の一言が効いたのか、弟は急に態度を変え 「悪かったよ。姉ちゃんのカレー好きなんだ。これからも作ってよ」  そう哀願して来たの愛美は 「じゃあ、この大根おろし作ってくれたら、明日はカレーにしてあげる」 「え、ホント? やるやる!」  弟は手を洗うと愛美から大根を受け取り一心不乱に降ろし出した。  時間を見てサンマをガスの魚焼き器に入れ、火を点けると、玄関で呼び鈴の音がした。誰だろうと出て見ると、隣の菊池さんのおばさんだった。 「こんにちは。愛美ちゃん。今日ねえウチ、里芋を煮たのだけれど煮過ぎてしまったから貰ってくれる?」  そう言って大きめの小鉢に里芋の煮付けを持って来てくれたのだ。素直に有難いと思う。 「おばさんありがとう! 助かります」  そう言って受けとると菊池のおばさんは笑顔で帰って行った。それを見ながら愛美は『明日はこの器に南瓜を入れてお返しをしよう』そう決めた。  支度が出来た頃に父親が帰って来た。何時ものようにお風呂に入ってる間にテーブルに並べ、夕食の支度をする。  テーブルに着いた父親は焼き鳥と里芋の煮付けを見て嬉しそうだ。 「呑む?」  千秋の言葉に父親も嬉しそうに頷く。 「ビールでもいい?」 「ああ」  短いやり取りでも伝わるようになった。  父親が里芋を見て嬉しそうにしてたのには訳があった。今日の菊池さんの里芋の煮付けは濃い味で煮てあった。  亡き母親は父親の健康を心配して、薄味で煮ていたのだった。里芋は父親の好物だったが、濃い味で煮た里芋は食べ過ぎると体に良くないと思い、あえて薄味で煮ていたのだ。  では父親はそれを嫌っていただろうか? 否、逆であった。むしろ喜んで母親の煮た煮物を食べていた。
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