可愛い嘘

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「あら、私は来年も嘘をつかれたいわ。クスリと笑えるような可愛い嘘なら」  楓は春光の寂しそうな顔を愛おしげに見つめ、そう言う。 「クスリと笑えるような可愛い嘘ですか? たとえば……」 「ねえ、春光さん。見て、見て。もう四月なのに雪が降り出したわ」  楓が空を指差すと、春光は「え?」と驚きながら夕闇の空を見上げた。しかし、雪なんて一粒も降っていない。 「お嬢様、雪なんか……」  春光がそう言いながら振り返ると、頬を指でツンと突かれた。楓は上目遣いでニコッと微笑んでいる。 「こういうささやかな嘘なら、私も大歓迎ですわよ?」 「なるほど……。たしかに可愛いですね。今回ばかりはお嬢様にしてやられました」  二人はしばらく見つめ合った後、クスクスと笑い合った。  ひとしきり笑って満足すると、二人は再び夕暮れの道を歩き出した。さっきと同じように、他人のふりをして数歩距離をあけて歩いていたが、二人とすれ違った通行人の男は、 「やれやれ、こんな時間に若い男女が逢瀬とは。近頃の若者は慎みというものがないから困る……」  などと独り言を言い、どう見ても恋仲の青年と少女にしか見えない温かな雰囲気を醸し出している二人を睨むのであった。                 お し ま い
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