可愛い嘘

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可愛い嘘

「は、春光さん!? どうしてここに!?」  英語の宿題を二人で協力して全問解き、夕刻になって図書館から出ると、図書館の前の青葉繁る大木の下に春光が立っていて、楓は驚いた。  今回こそは私のほうがドキリとさせてやろうと思っていたのに、不意打ちを食らって楓の心臓はドキドキしてしまう。 「楓ちゃん、がんばってね」  柊子は楓にそう耳打ちすると、すたこらさっさと楓を置き去りにして自分だけ帰ってしまった。 「お嬢様、勉強お疲れ様です。暗くなってきましたので、心配でお迎えにあがりました」 「そ、そう。ありがとうございます……」  春光は普段は意地悪なのにたまにこうやって楓にとても優しくしてくれる。  何だかずるい、と楓は思ってしまう。 「では、日が暮れないうちに帰りましょう、お嬢様」  楓が勉強で疲れているだろうと気遣ってくれているのか、春光の言葉はいつものからかい口調ではなく、深く心に染み入るような優しい響きである。  楓が無言で頷くと、二人は数歩距離をあけて歩き始めた。  若い男女が外で肩を並べて歩くのははしたないし、口うるさい女学校の先生に見つかったら叱られてしまうだろう。そういった理由で、二人のことを知らない人が見たら赤の他人がたまたま同じ道を歩いているように見える程度の距離を保っているのだ。 「…………」 「…………」  夕闇に沈む街を歩きながら、二人とも黙りこんでいる。  こういう沈黙が流れる時間は緊張するから嫌だなと楓が思うと、前を歩いていた春光が振り返ってニコリと笑った。
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