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「お嬢様。なるべくガス灯の下を歩いたほうがいいですよ。お嬢様は昔からよく転んで泣きべそをかいていましたからね」
「な、何年前のことをおっしゃっているのですか!」
「くすくす……。すみません」
(あっ…………)
ガス灯の明かりの下、楓の瞳に映る春光の顔は柔らかで、大切なものを愛でるような優しい微笑だった。
(もしかして、春光さんも、柊子ちゃんが言っていたように、私のことを想ってくれているの……?)
そう思うと、だんだん勇気が湧いてきた。今なら、彼に自分のとっておきのエイプリルフールの嘘をつけるかも知れない。
柊子は、去年のクリスマスの夜に許嫁の従兄に思い切って自分の想いを告げたそうだ。それ以来、二人は大人たちに内緒でランデブー(デート)をたまにしているらしい。おっとりしているように見えて、柊子は意外と芯の強い女の子なのである。
でも、楓には面と向かって「あなたのことが好きです」と言える度胸なんてない。男女七歳にして席を同じうせずという教育のもとで育ったこの時代の女の子のたいていがそうだが、同世代の女学生たちに比べても奥手のほうの楓ではなおさら無理だった。
(……だから、年に一度のエイプリルフールにかこつけて、嘘に自分の想いをこめてみよう)
ついに意を決した楓は、「き、今日はエイプリルフールでしたわね」と少々裏返った声で春光に言った。これは、大事な前振りだ。
「……ああ、そういえば、そうでしたね」
葵に騙された楓のことを笑っていたくせに、春光はたったいま知ったみたいなとぼけた口調でそう答える。たぶん、察しのいい彼は今から楓が何かしらの嘘をついても、その言葉とは真逆の意味に解釈することだろう。わざわざ「今日はエイプリルフールでしたわね」と前もって言ったのだから、馬鹿でも分かる嘘だ。
その馬鹿でも分かる嘘を、楓は大きく深呼吸した後、一世一代の覚悟で言った。
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