可愛い嘘

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「はぁはぁ……。な、何度謝っても許してあげませんわ。わ、私の一世一代のエイプリルフールの嘘でしたのに……。あなたはいつもそうよ、私に意地悪ばかりして……!」 「本当に申し訳ありません、お嬢様。白状しますと、プンスカ怒るお嬢様があまりにも可愛いので、ついつい意地悪をしてしまって……」 「え……?」 「毎年、エイプリルフールの日にお嬢様に嘘をついていたのも、お嬢様に構ってもらいたかったからなのです。それに、俺は今はまだ奉公人という立場ですから、旦那様の娘さんに声をかけるための口実が欲しかったのですよ」  そういえば、春光は竜田家の人間や同僚たちが近くにいる時は、楓にちょっかいをかけてこない。いくら許嫁でも、奉公人がお嬢様と親しく言葉を交わしていたら、快く思われないはずだと春光は考えていたのだ。だから、毎年四月一日はエイプリルフールにかこつけて楓をからかい、コロコロと変わる楓の可愛い表情を楽しんでいたのである。もっと、楓に近づきたくて。  そんな春光の気持ちがようやく分かった楓は、今までされてきた意地悪も何だか愛おしく思えてくるのであった。一部、シャレにならない意地悪もあったが。 「……でも、どうして今年は、私が仕掛けるまでは何も嘘をつかなかったのですの?」  ふと疑問に思い、楓が小首を傾げながら問うと、春光がバツの悪そうな顔で「実は……」と言った。 「去年のエイプリルフールで、俺が芥川龍之介と菊池寛が家の前で殴り合っていると嘘をついて、お嬢様は屋敷を飛び出して往来で『芥川龍之介と菊池寛はどこ!? どこなんですの~!!』と大騒ぎしたじゃないですか。その騒ぎを知った奥様が、『私の娘は何でも真に受ける性格だから、ああいう悪戯はやめてちょうだい』とおっしゃられて、エイプリルフールにお嬢様に嘘をつくことを禁止されてしまいまして……」 「え、えええぇぇ……。そんな理由だったのですか……」 「はい。しかし、お嬢様があまりにも可愛らしい嘘をおっしゃったので、つい奥様のお言いつけを破ってしまいました。……でも、もうこれでエイプリルフールの嘘は終わりにしないといけませんね。去年みたいに、俺の嘘のせいでまたもやお嬢様が往来で恥をかいてしまいましたから」  春光は、ちょっと残念そうに言い、頬をぽりぽりとかいた。
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