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大正十一年(一九二二)四月一日の朝。
学校が春休みなのでちょと遅めに目覚めた楓は、宝塚の俳優たちのブロマイドが壁にたくさん貼られている自室から出て縁先で朝の新鮮な空気を吸うと、さんさんと輝く太陽を仰ぎながらそう決意していた。
奉公人の春光は、仕事もよくできて、周囲への気配りもできる、竜田商店の主・楓の父のお気に入りである。顔もなかなかの二枚目なので、楓の母からも可愛がられている。だから、楓と春光を結婚させて、子供が娘二人で後継ぎがいない竜田商店を春光に継がせようと両親は考えているのだ。
でも、楓は気に食わなかった。
……いや、春光が入り婿となって、将来は自分の夫になることが嫌だというわけではない。むしろ美青年である春光のことを面食いな楓は密かに気にっているのだ。
では、何が気に食わないのかというと、両親や同僚たちに対しては気遣い上手な春光が楓だけには意地悪なところだった。
「春光さんったら、どうして私のことをしょっちゅうからかうのかしら。特に四月一日のエイプリルフールには毎年とんでもない嘘で私を驚かせるし……。入り婿になるくせして生意気よ! 今年は絶対に騙されてあげないんだから!」
楓が鼻息荒くそう独り言を言っていると、小さな妹がとてとてと走って来た。
「姉様! 姉様! 大変だよぉー! 台所が火事になって、火が燃え広がってるの! おばあちゃまは真っ黒焦げになっちゃった!」
「な、何ですって! 家が火事っ!? 一大事だわ~!!」
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